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The Princess of Tennis

テニプリンセス 感想 全国大会準々決勝その2

 全国大会準々決勝、白王VS金舞京ダブルス1&2、灰原VS紫天王寺ダブルス2の感想です。

 ただでさえ最高に面白かったのに、150話を越えた今になってようやく群像劇としての本領を発揮し始めたというワケの分からないことになっているテニプリンセス。
 計8校、56人プラスαが入り乱れ、全体・各校・各人とマクロ・ミクロのテーマがほぼ同じウエイトで並行して描かれ、冷徹な試合の真理を通じて発揮される正解のない問いにそれぞれの答を探し求める少女たちの圧倒的なエモーションが絨毯爆撃のようにぶち込まれていきます。
 そんな尋常じゃない作劇をどう語ればいいのか、どんどん手に負えなくなってきている感がありますが、一つの要素に注力すればなんとかイケるような気がするので、銀誓と琥珀谷に関しては必ずいつか書く機会があるとして一旦置いておくことにします。

 まずは白王VS金舞京のダブルス2から。
 全国最強の脚力を持つユッコとほとんど予知能力な無我を持つクラリスのチート感満載ペアに、冷静なゲームメイクをしてみせる茄子さんと未熟さをひたむきさでカバーし奇跡の片鱗を見せる歌鈴が喰らいつき一進一退の攻防を見せた、何気に作中でも3本の指に入る名ダブルスに数えているこの試合。
 特筆すべきは、ほとんど反則に近い能力を持っている白王ペアの二人をして「それでもあの3人の方が強い」と称される白王シングルス勢の存在。後の時子様&まゆペアにも通ずる話だが、強い順に番号が振られ、それに応じてオーダーを固定している王者としての白王スタイルは、それ故ダブルス勢に拭えないコンプレックスを付与する。他校に対して絶対強者としての格を見せつける選手たち自身が、覆せなかった序列に縛られるという構造。それに根ざした焦りと動揺が付け入る隙となり、徹底的にそこを付くことで金舞京は白王を追い詰めていく。
 しかしそこで決して終わらない、むしろそこから展開されるのが白王側のドラマ。序列によるコンプレックスと、それでも折れない理由たる矜持こそが彼女たちの真の強さ。相手に向きかけた流れを引き止めたユッコの咆哮は、なぜ彼女がサイキックを信奉するのか、不可能を可能にしようとする意志が込められたキャラクターの根幹を明瞭に示すもの。そしてそのある種の祈り、すなわち信仰が最後に人智を越えた神の采配を引き寄せ、クラリスの感謝で締めるという寓意と試合展開が渾然一体となったあまりにも美しい構成。
 そして神のみぞ知る人間業を越えた一撃が、おそらくは作中最大のテーマの一つであることがその後の試合によって徐々に示されていく。

 続く灰原VS紫天王寺ダブルス2。これまで青学についでその成長の過程が描かれてきた灰原高校を、「物語の破壊者」たる紫天王寺が情け容赦無く踏み潰すかのような試合展開。
 純粋に試合だけを目的とし、ドラマを背負わないからこそ強い紫天王寺はもうその役割だけで最高オブ最高で大好きなのですが、先陣を切った志希みくペアの在り方がまた魅力的。才に溺れず才に折れず、ひたすら自分を高め続ける真面目ネコちゃんのみく。何気にあまり描かれないように思えるマッドかつ冷めやすい側面が抽出されたジャンキー志希。
 この二人があぶり出すのが、「身体に染み付いた動きの極地」と言われる作中におけるテニスというスポーツの到達点。現時点で作中最強キャラである本田未央だけが打てる究極の一打は、『技』ではないことが最大のポイントであり、だからこそ名前に意味がある。それを「どうしようもない一打」として『星』と称するのが白王勢。星とはいくら手を伸ばしても届かないものであり、穿った見方をするとそれを最も近くで見続け挑み続けてきた白王勢がその名を呼ぶことは、ついぞ届かなかった諦念を象徴するものとも言える。
 一方で届きそうで届かない夢を顕現させる「アイドル」のメタファーとして、特にシンデレラガールズにおいては重要な位置づけにある単語でもあり、それが本作のテニスにおける到達点とされていることに大きな意味を読み取ることもできるだろう。それがハリアー作品に共通するアイドルというテーマにも繋がるって話は、多分前にしたような気がするので割愛します。
 さて、それを『星』と称する白王に対し、『無心の一撃』と呼ぶ紫天王寺。サブタイトルにまで「それを『無心の一撃』と呼んでいる」と付けて強調している以上、その呼び方そのものにスタンスが表れていると考えるのは妥当な所でしょう。少なくともみくにとっては、それは決して届かないものではない。みくの無我が「ボールに追いつくこと」に特化しているのは、その目標を『無心の一撃』を返すことに定めているからなのだと思います。そもそも大将からして『ツッコミ・テニス』を標榜するこの紫天王寺というチームは、物語上の役割においても相手の想いごと知った事かと跳ね返す存在として描かれているのではないでしょうか。
 諦観の白王に対して、最も純粋なチームである紫天王寺はひたすらストイックに試合と強さを求め続ける。そんな構図が描かれる中で、同じくそれを返せない打球ではないとして対抗策を編み出した凛の存在が際立ち、未だ『その返し技の名』が明かされないまま伝授されたに主人公の卯月が最終的に未央とぶつかるのだと考えると、本作のゴール地点が少し見えた気がしますね。New Generations に繋がりそうな道筋が。
 そもそもが「強い者が勝ちやすく、弱い者が付け入る隙がない」というテニス観に準じるように、挑戦者が敗北する構図を反復し続けているこの全国大会準々決勝自体が、最終決戦にすべてを結実させるための布石とも取れるわけでして。
 もちろんこれは私の想像に過ぎないし、今まで何度も予想を外されてきてはいるのだけど、必ず期待以上を見せてくれる作品なので構成の見立てとしては当たらずとも遠からずなんじゃないか、程度に思っておきます。

 さて、108まである本作の魅力に秀逸なバランス感覚があって、身体に染み付いた動きの極地がテニスにおける究極の到達点であると描かれている一方で、それが絶対ではないという視点の描き方。
 スポーツにおいて、極限まで思考時間を減らし反射で身体が動くようになるまで修練するというのはロジックとして理にかなっているしそれだけでも全然良いんだけど、だからこそ真逆の「考えること」に最大の力点を置く一ノ瀬志希という存在がスパイスとして機能する。一ノ瀬志希だからこそ言えて、一ノ瀬志希にしか言えない言葉が、みくとの対比で描かれることによって、まるで違う方向を向いているのに純粋さその一点においてまとまっている紫天王寺というチームの恐ろしさを際立てる。
 この視点があればこそ、無心に至るまでの過程として描かれる「積み上げたもの」のドラマが結実する本試合のクライマックスにおいて、一ノ瀬志希はさくらとの白熱した一騎打ちを「自分の負け」とあっさりと切り捨て、熱狂する自分を一気に引き戻すことができる。この描写、積み上げたものが才能による付け焼き刃を打ち破り一矢報いるさくらのドラマを結実しつつ、そこで引けてしまう一ノ瀬志希の株を下げないというウルトラCを達成している訳で、それだけで物凄いんですが、そこからもっとヤバい。さくらの熱が伝播したかのように勝負を懸ける文香が、わずか一年しかない自身が積み上げた全てをそれ以上の修練を重ねてきたみくに完璧に返される形で終わる、つまりは文香が自ら信奉する物語をそのまま返されて敗れるというあまりに残酷なドラマが描かれるわけですね。ヤバい。
 初めて流す、本気になったからこその涙。灰原と紫天王寺の対比構造が、この先に待つ笑美と藍子の最終決戦においてどういう実を結ぶのか、考えるだけでも震えます。

 そしてめくるめく共感と断絶のドラマが展開される白王VS金舞京のダブルス1。
 劇中最エモペアである時子様&まゆと、ハメ殺す気しかないふじとも&よしのんの激突は完全に異能バトルの絵面。一撃必殺を絶対確実に決める、盤石のスタイルを持つ金舞京ペアに対してあらゆる手段を講じて突破を試みる時子様は、反則的にも思えるその力の限界を露呈させていく。無我によって相手の技を盗み、昇華させて奪うその力は、しかしそれぞれの無我を極めた一撃を再現することができない。
 トップ3には決して届かない、4番手が自分の立ち位置だと語る時子様の諦観を象徴するかのような弱点。しかしユッコがそうだったように、その諦観の中でこそ光るのが白王下位勢のドラマ。追い詰められた場面、他者の技を真似ることしかできない彼女が唯一己の存在を示す方法、それは自分のスタイルを貫き通すこと。全てを無に返す一撃と、自己表現の極地のような嗜虐の笑みが、劣等感を抱えた上での確かな矜持を示す。圧巻の演出。
 しかしそれは、所詮は捨て駒でしかないとする自身の美学に基づいた破滅主義のなせる業であり、まゆにとって受け入れられる答ではなかった。時子様にとってはいくらでも代わりのいる自分であっても、まゆにとっては唯一の存在。一人でコートに立っているわけではない、ダブルスだからこそ展開されるドラマが、時子様にとっては4番手だからこそ避けることのできないものであるという皮肉。理解を拒絶する時子様に、まゆが伸ばす手は決して届かない。それと対比する形で、一度喪失を経験しているからこそ「あなたしかいない」気持ちが理解できるよしのんがまゆに共感を示し、プライドに拘り挑発を重ねるふじともが後輩の気持ちに寄り添う。
 点いた黒星を受けて「どうもならない」と告げるカッコよさが天元突破した奈緒の発言が、逆説的に残酷な意味を発揮するのがまた秀逸。大会において、5戦のうち3本先取というルールは、極端に言えばシングルス3戦さえ勝てばいい。つまりは、2つのダブルス戦は必ずしも趨勢に影響しないのだ。その事実が、トップ3に及ばないという白王ダブルス陣の諦観を補強し、いかに倒れるか、その姿に美学を懸ける時子様の背番号にさらなる重みを持たせる。
 作品全体を覆う構造として描かれている、個々人の想いや感情と、試合のロジックと勝敗のアンビバレンツ。それがまゆと時子様の断絶によって描かれた本エピソードは、本作のエモみの真骨頂であったと言える。

 すべての試合に通底するのが、「信じているから強い」というのあさんが提示したロジックで、自分を仲間を相手を信じることで各々の強さが発揮されているわけですが、それが必ずしも正解として描かれないのが本作の無情とも言える世界観で、それが一貫しているからこそトンデモ試合の中でもリアリティのあるドラマが展開されているのだと思います。

 とまあこんな感じで、ひたすらに文脈を積み重ねてきた結果、一戦一戦の密度がハンパないことになっているのが本作の現状であり、信じられないほど面白いんだけど私にはもはや全部は拾いきれないので皆もっと語ってくれという思いを強くしつつ、今回はここまでにしておきます。

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Comment

大百科記事の作成者

感想とても興味深く読ませていただきました。
本作の魅力の一つは、個々のキャラのテニス観がさまざまな形で対応し合い、ドラマに深みを与えている点にあるわけですが、この準々決勝のダブルスから、従来に増してそれが一段と顕著になってきたと思います。
この調子で、是非、銀誓vs琥珀谷のダブルス感想もよろしくお願いします。

No title

>大百科記事の作成者様

コメントありがとうございます。

ここまで明らかにこの準々決勝に向けて色々描写を積み上げてきたものですから、それが解放されるとやはり物凄いですね。しかも全体で言えばまだまだこれからという。

銀誓VS琥珀谷については、正直忍の勝敗によって書けることがガラリと変わってしまう予感があるので、まだ寝かせてあります。そこまで行かないと構造が見えないかなと。
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