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輪るピングドラム

きっと何者にもなれないお前達に告げる禊説法

このブログでは音楽についての記事を書くつもりはなかったのですが、GRAPEVINEの「misogi ep」を聞いてたら電波を受信したので。


鐘を打ち鳴らせ 愛の教えと禊説法 
禊説法オンザロード
阿漕結構 馬に念仏よりありがたいぜ

GRAPEVINE 「MISOGI」


「禊」とは、自分自身の罪や穢れを洗い清め、前へ進む準備をすることである。

インタビュー記事によると、作詞担当の田中さんは、禊たがってる人たちに対して、浮世を肴にもっともらしいことを説いている胡散臭い商売をしているのが自分達ロックバンドなのだ、という自虐の歌としてこの詞を書いたらしい(意訳です)

この話を聞いてちょっと衝撃を受けた。俺は禊をしたかったのだろうかと(単純)


実際、思い当たる事はあるのだ。音楽でも小説でも映画でもアニメでも、単なる娯楽としてだけではなくプラスαを求めている節は確かにある。

落ち込んだ時、悲しい時、不安な時にそういった創作物に救いを求めることはないだろうか。
ある曲の歌詞や歌声に、物語の何気ない台詞やメッセージによって自分の気持ちに整理がついたような経験はないだろうか。

これを禊と表現する田中さんは相変わらずシニカルで、誠実だと思う。去年の震災で、もしかしたら音楽活動の無力さに悩まされたのかもしれないし、逆に音楽の力を実感したのかもしれない。胡散臭い戯れ言だとしても、それが誰かを救う事もある。良くも悪くも、自分たちの商売はそういうものなのだという自覚の表明なのだろう。

さて、私は鈍感ゆえそれほど明確に震災による影響を受けた訳ではないが、それでも阿呆みたいにどっぷりとハマり込んだ創作物がある。

そう、「輪るピングドラム」だ。

元々ウテナファンだったこともあって、毎週最新話を最低3回は見返してああでもないこうでもないと妄想しながら楽しんでいた。
しかし、予想以上に重く現実に根差したテーマ性が浮き彫りになるにつれ、この作品が発する問いかけを真剣に考えるようになっていた。
私はこの作品を通じて禊を行なっていたのかもしれない。登場人物が放つ痛々しい想いや胸を刺す台詞の数々は、私にとっての禊説法だったのだ。

田中さんと幾原監督には、両者とも詩的かつ端的な表現を得意としている、という共通点がある(無理矢理)
田中さんは15年間バンドのほぼ全ての曲の作詞を担当していて、時代による変遷はあるもののどれも完成度の高いものに仕上がっている。
一方の幾原監督は、斬新な演出に目が行きがちだが、フレーズのセンスもかなりのものだと思う。

「きっと何者にもなれないお前たちに告げる」
「生存戦略しましょうか」

1話の時点でこれらのセリフに心臓を鷲掴みにされた人は少なくないのではないか。

そして現実に対する世界観にも、二人の共通点を見出した。

輪るピングドラムの世界では、現実と幻想の世界との境界を至極曖昧にすることで、運命の残酷さを描いている。
それを端的に表したのが、「氷の世界」「こどもブロイラー」「美しい棺」といったフレーズだ(一つ目は井上陽水からの引用らしいが)


一方田中さんは同アルバム内の最後の曲に「RAKUEN」というタイトルを付けている。

叶ったのは 叶ったのはどの夢
決まっていたカタストロフのような
探していた 探していた光を
見失うのはここがエデンだから

GRAPEVINE 「RAKUEN


私たちが生きる世界は、犬も食わないような奇麗事で塗り固められた見せ掛けの楽園だ。
それでも偽物の楽園が本物だと信じたいから、人は夢を見る。
夢を叶えて星を掴む者もいるだろう。しかし、大多数の子供の夢はすり潰されて終わっていく。
今の世界には物質的な豊かさはあるが、それが必ずしも精神的に満たされているものではなく、いつもどこかで予定調和のカタストロフが巻き起こっている。

震災に限らず、この世界の構造的欠陥に起因する悲劇は日常的に起こっていた。
ただ、震災というあまりにも大きな事象が起こってしまったことで、見て見ぬ振りをし続けていた問題にも向き合わなければならなくなったのだと思う。


田中さんは現状を理解した上で、自らの立場表明をした。
幾原監督は追い詰められていく現代の人々に、絆や愛の再確認の必要性を説いた。

この二人の産みだした物に、多少なりとも共通点があるのは多分偶然じゃないのだろう。


あるぇー? 幾原監督のワードセンスにはロックを感じるから次回作では是非作詞に挑戦してもらいたい、ということが言いたかったはずなのに、どうしてこうなった。

まあ、確かに表現者というものはどこか説法師めいた側面があるのかもしれない。でもそれが、個人の禊を促し、手助けに繋がるのならば、それはそれで創作物の価値は十分あるのだと思う。

ただ、受け手がただ禊をして自己完結するだけでいいのだろうかと思わないでもない。何かしらインスピレーションを受けたなら、それを実践していかないと何も変わらないし、本当の禊にはならないんじゃないかな

という訳で、今年のテーマは「禊」です。


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