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小説

「オリガ・モリソヴナの反語法」 米原万理 感想

体制と犠牲。氷の世界で生きる術。また一つ、傑作に出会うことができました。

かつてプラハのソビエト大使館付属学校で出会った風変わりな舞踊教師オリガ・モリソヴナ。彼女にまつわる数々の謎を解き明かすため、モスクワを訪れた弘世志摩は文献を辿り事情の一端を知る人間に会い、少しずつオリガの半生に近づいていく。
そこには苛烈な共和制によりあらゆる理不尽・不条理がまかり通っていた当時のソ連の体制の犠牲になった、女性たちの凄絶な物語があった。

形式は徐々に謎の真相に迫っていくミステリー仕立てなのだけど、そこで描かれるのは膨大な文献量に裏打ちされたラーゲリ(=収容所)の実態と、スターリン政権下であらゆる国籍の人が受けた悲劇。作者は当初はノンフィクションにするつもりだったという。とにかく、真に迫った筆致で描かれるオリガの過去は、あらゆるテーマを内包した傑作級のエピソードになっていました。

強制収容所アルジェリアに投獄された女たちは、全てスパイ容疑などで逮捕された男たちの家族だ。もちろんその大部分が証拠もなにもない冤罪であり、彼女たちは無実の罪を着せられているのだが体制側にはもはや理屈など通じない。抵抗の許されない圧倒的な理不尽によって、彼女たちの夢・希望・家族・そして人間としての尊厳までもがすり潰されていく。

そんな絶望の中で、それでもなお生き抜こうと足掻く女達の姿。この「理不尽に立ち向かう術」というのは多くの作品で見るようになって、ようやく普遍的かつ重大なテーマだということに気付いたのですが(笑) とにかくこの作品でもそれが描かれていて、「反語法」というキーワードに集約されているのが素晴らしいです。

アルジェリアの女達の間に芽生える連帯感、助け合いの意識。希望を失わないように率先して活動していたのが、モリガである。
彼女は希望もなくただ行き続けるだけの収容所生活に色を添えるため、辛い現実を覆そうと様々な試みをする。
その信念が最もよく表れていたのは、彼女が一週間懲罰房に入れられていたシーンかな。窓も明かりも、食事すらも与えられない闇の中で普通なら発狂してもおかしくない状況を、モリガは「瞑想とヨガにはちょうどいい」と発想することで見事に乗り切ってみせる。どんな状況でも、考え方次第では希望に繋がるかもしれない。
この彼女の「反語法」的思想が、脈々と周囲に受け継がれていく様がたまらない。

理不尽に耐え、氷の世界を生き残るために。
それは収容所という我々にはイメージし辛い、一種の異常な空間の中でのことだから現実の自分たちの抱える問題とは結びつけて考えづらいかもしれない。
しかし、問題の大小は関係ないのだと作中でも触れられています。
主人公の志摩はダンサーを目指して日本でずっと活動を続けていたのだけど、悪しき慣習に支配されたダンス界にすり潰され、挫折することになった。
現代社会の中で、やりたい事を阻む不条理はそれこそ無数に存在する。傍から見ればくだらない事柄に思えても、当人にとっては越え難い壁になり得る。ミクロな問題にもマクロな問題にも貴賎を問わず、ただ人生を精一杯生き抜くために必要な方法論を説く作者の真摯さが垣間見えます。
歴史的な背景から世界の冷酷さを浮き彫りにしつつも、そこから「人間がその世界でどう生きるのか」をテーマとして描いたその物語構造にはやはり「輪るピングドラム」を連想してしまう。もはや一種の病気だな(笑)

おそらく反語法の一貫としてだと思うが、この作品では生きるための「嘘」も肯定している。
オリガは自身が生き延びるため、本当の「オリガ」である彼女の妹と入れ替わり、それ以降妹の犠牲という十字架を背負って生きていくことになった。
さらに、後に彼女の親友となるエレオノーラ。夫を失い精神を病んだ彼女を傷つけないためにラーゲリの女達は優しい嘘を吐き続ける。
しかし、彼女は夫との間にできた子をも失うという悲劇にも見舞われ、自らの記憶を封印することになる。ここで、卑劣な副所長ミハイロフスキーに「嘘」によっていい様に利用されてしまうのが、また一面的でなくていいですね。さらに、彼なりにプライドがあったのか、なんとエレオノーラの名誉を守るために「嘘」を守り通していたという事実も発覚したりして。この辺の捉え方次第で是非の分かれそうな感じが、反語法を扱うこの作品らしい。

大人たちの話はもちろん、そこからさらに子供たちの話へと繋げてくるのがすごい。
戦時中に集められた孤児は皆一様に出生や故郷、両親の素性といった過去の情報が抹消され「何者でもなくされてしまう」。ピンときましたよええ、「こどもブロイラー」ですねコレ。アイデンティティを奪われた孤児達は、己が何者かも分からない「透明な存在」に書き換えられた。

それに対する回答の一つとして「擬似家族」を提示するのにも運命を感じるなー。
東洋系の孤児であるジーナは、ある日出所したオリガとエレオノーラによって見出され、彼女を死んだ娘だと思い込むエレオノーラのために彼女たちの娘として孤児院を出て行く決意をする。ここでも人の為の「嘘」。
幼いジーナが、ずっと年上のはずのエレオノーラに対して保護欲を湧かせるシーンが無性に泣けます。
何者でもなかったジーナが、突然見知らぬ女性たちの娘として生きることになる。それは必ずしも彼女が望んだことではなかったけれど、偽物の家族関係に救われたのもまた事実。

ダンスにおいて豊かな才能を持ちながらも、運命の悪戯によってその道を断たれ、その後に教育の楽しさを見出す。これもまた反語法的な生き様。オリガと同じ道をジーナが選んで、彼女の意志を継承していくラストがシビレるねぇ。

もう一人の孤児であるレオニードも、色々手遅れだったりしながらも最終的に父親の意志を継いでいる。かなり詰め込みすぎな感もあるけど、よくまとまってると思う。
愛も罰もすべて受け入れて分け合っていく。氷の世界を生き抜き、次代へと繋いでいく人の営みを描いた傑作です。

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とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。
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アニバタ Vol.6アニバタ Vol.9に寄稿しました。よろしくです。


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