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小説

「虐殺器官」「ハーモニー」 伊藤計劃 感想

幸せの鐘が鳴り響き 僕はただ悲しいふりをする


米原万理さんといいこの人といい、なんで最近私が気に入った作家さんはすでに亡くなってしまってるのだろうか。

この二作は対になっているということなので、せっかくだから並べて感想を書くことにしたのだけどちゃんと比較して読めてるかどうかは微妙。
両作品に共通するのは全体に漂う「死の臭い」。「虐殺器官」は核の抑止力効果が薄れ、民間会社が戦争をプロデュースする、まさに世界に真っ赤なジャムを塗って食い散らかしている連中が大手を振って歩くいわゆる一つのディストピアが描かれた。
対して「ハーモニー」ではそんな世界の先の破滅を描き、あらゆる病気を根絶し絶対的な倫理と善意を全世界に浸透させた、極限までシステム化された「優しさ」が支配するユートピアとしての世界が描かれる。
一見正反対な世界観だが、そこには管理社会の辿るべき未来と現代社会に蔓延する合理化志向により目に見えない息苦しさを描いている点で共通している。

一貫したテーマとして感じたのは人間の意志と社会構造の相対性かな。
「虐殺器官」ではプロの殺し屋である主人公が、合理化された兵士運用のシステムの中で自分の殺意が本物なのか、積み上げられる罪の責任は誰にあるのかを迷う姿を描くことでこの社会における一個人が負うべき責任の所在の境界がどこまでも不明確な現状を浮き彫りにした。
作中で扱われる人工筋肉、人知れぬ場所で劣悪な労働環境に晒された少年少女が養殖されたクジラやイルカを轢殺して作られているというその設定は、そのまま現実に人件費の安さにかまけて世界中で売られるおもちゃやその他消費物を作らされている子供たちの姿を模したものだろう。
どんどん便利に、合理的になっていく私たちの生活。しかし過剰な生産・サービスの裏ではいつも誰かが犠牲になっている。しかし、自らの自由の代価に自覚的な人間はほとんどいないだろう。作中で自らの自由をいくらか担保することで生活の自由を手に入れる社会というようなフレーズがあったと思うが、具体的に何がどこまで犠牲になり、それによる恩恵がどの程度のものかを測ることは多分不可能に近い。
なぜならこの問題には必ず「見たくない事実」が含まれるから。無意識に目を背けている場所がどこかにあり、それを自覚しないままもたらされる恩恵だけを享受しているのが現代社会の一面的な真実だ。この社会構造はカズオ・イシグロさんの「わたしを離さないで」でも描かれてたなぁ。

で、ここからが問題なのだがこうした社会構造の孕んだ残酷な真実に、我々個人が責任を負う余地はあるのか、果たしてこれは誰の罪なのか。
もちろん直接関わっていない人がほとんどだ。しかしその恩恵に甘んじている人間はごまんといる。自らに都合のいいフィルターを掛けた個々の人間に、社会の構成員としての責任は帰属しないのだろうか?
この問題は「虐殺器官」では主題としては扱われなかったが、「ハーモニー」ではついに世界に広がる社会規範(明文化されていない暗黙の了解含む)の元に個々の意志までもが統制される世界が描かれた。
そこでは「わたし」はその人個人のものではなく「公共のリソース」として、全世界の共有財産として描かれている。しかしそこでもやはりフィルターは健在だった。各地で未だ存在する戦火の映像を悪影響として片っ端から規制する極限まで振り切られた潔癖性。善意を押し付け合いながらも現実の地獄には目を背ける矛盾した絶対正義。その歪みを感覚的に嗅ぎ取り、抜け出すために次々と自殺を図る子供たち。
「虐殺器官」のあと、「大災禍」で一度破滅の危機に瀕してから世界は正しい方向に針を振ったはずなのに、そこにあった個人と社会の間の溝は広がるばかりだった。

それぞれ異なった形で描かれた管理社会の成れの果てがまた対象的である。
自分の大切なものを守るため、他の誰かに代わりに犠牲になってもらうことを選んだ「虐殺器官」のジョン・ポールと主人公シェパード大尉。彼らの答は誰かの犠牲による平和を自覚し、その上で罪を背負うこと。ジョン・ポールはわりと個人的なエゴが動機の発露だったけど、シェパード大尉はより普遍的な平和を志向しての決断ですね。
この作品を読んで思い出したのは最近見たFate/Zeroの衛宮切嗣。「虐殺器官」の兵士たちが人工的に感情と理性を切り離しているのをナチュラルボーンでやっていたのが切嗣ですね。大尉の最後の決断も、切嗣の「小を切り捨て大を救う」人間に為せる正義の限界的な行動とほぼ同じ。違うのは、「虐殺器官」がより冷徹に社会システムを俯瞰した結果あの結論に辿り着いたのに対して、Fateでは切嗣という一キャラクターを徹底して描いた作劇の帰結だという点だと思います。

一方「ハーモニー」では最終的に人間から意識という「器官」が消し取られ、選択の過程もなくただ正しい行動だけを機械的に行なう真に「平和的」な種族となった。
人類の最終的な進化として、こういった争う余地のない、合理的な判断だけが残された純度100%の生命体になるというのは「風の谷のナウシカ」で墓所の主が争いを生まない平和な新人類の誕生を目指していたのを思い出す。
宮崎駿氏は滅びも戦争も含め、清濁合わせてこそ人間だという結論を導いたが管理社会のその先を模索した伊藤さんは巻末の解説によるとこの時点ではまだ答は見つけられなかったという。そんな彼が亡くなってしまったというのは本当に残念なことですが、問い続ける姿勢を示しただけでも十分に意義がある。

ピンドラ、わたしを離さないで、オリガ・モリソヴナの反語法、そして今回の2作品。最近私の胸に突き刺さったこれらの作品に共通するのは我々が普段目を逸らしている部分を克明に描き出して見せたということ。特に生と死、医療が発達するにつれて曖昧になっていくその境界を冷徹な視線で見据えるかのようなこれらの作品は、己の死と言う最も「見たくもない現実」と常に向き合わざるを得なかった彼だからこそ、なんて勝手なことを考えてしまうなー。
まだ残されている彼のブログには、病気に対する彼の思考も書かれているようなのでこれからゆっくり読むとしよう。

大した結論も出ないことをつらつらと考えて読んでいたのだけど、単純にエンタメとしても一級品である。緻密な世界設定と、ミステリー仕立ての先が気になる物語展開、そして魅力的なキャラクター同士の掛け合い。ユーモア溢れるやり取りも、ロジカルな対話も両方楽しめる。メタルギアのノベライズはまだ読んでないのだけど、あれってゲームやってなくても楽しめるもんなんですかね?


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Comment

驚嘆…

初めて伊藤計劃の作品群を読了した時、全く同じ事を考えていました。
特に「ジョン・ポールはわりと個人的なエゴが動機の発露だったけど、
シェパード大尉はより普遍的な平和を志向しての決断ですね。」
この一文は深く首肯せざるを得ない…
クラヴィスは自分なりの考えで世界に対して一種の「均衡」をもたらしたのだと思います。
アメリカ以外に向けられていたものを、今度は正反対に…
ジョンがルツィアとの不倫関係にあった事も、まさに「見たい現実」だけを見ていたメタファーではないでしょうか。
一方で彼女に魅せられたクラヴィスがあの様な結末を導いたのは、
アレックスや自らが殺めたも同然な母への手向けだった様にも…

長々と失礼しました。
劇場アニメがいよいよ今秋公開との事で、思わず書き込ませて頂きました!

Re: 驚嘆…

›shadow onyxさん

コメントありがとうございます。遅くなってスミマセン。

驚いたのが、内容をまったく覚えていないという事実(笑)
いや、マジで今回劇場版アニメの公開が迫っているということで、読み返すべきか、それともあえて朧気な記憶のまま臨むか、判断に迷う所ですが。
ともあれ、楽しみではありますね。



No title

虐殺器官のキャッチコピーの意味をamazonのレビューを読んで理解した21歳の社会人見習いです。

土曜日にハーモニーを視聴しました。虐殺器官は漫画を少し読みました。

ハーモニープログラムに支配されたのはWatchMeを移植された人間だけだと思ったのですが、違うんですかね? 


PVを初めて観た時は(自分がよく考えるようになった世の中に対するいろんな気持ちをセリフや映像にしているんじゃないか?)と思うほど衝撃を受けたので観るのが楽しみでした。

(伊藤計劃さんは死ぬ間際に想像を絶する痛みを味わったからこそ、ハーモニーをあのようなラストにしたのか?)と思うとジーンとなります。

本編を観た後に友達とコンサートに出掛ける母に(明日は気を付けていってらっしゃい)とちゃんと言う為に一階に降りたのですが、結局母をまた怒らせてしまい、部屋に戻った後自分が生きているかどうかを確認するために腕を叩いてみました。




予告編を観た時から


No title

(予告編を観た時から)という文は消すはずだった文なので気にしないでください。

Re: No title

>シンジンさん

コメントありがとうございます。

正直、虐殺器官についてはほとんど話を覚えてないのでそろそろお話に付いていけないという。
映画も評判を聞いてから見るか決める、程度のモチベーションですねー。
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アニバタ Vol.6アニバタ Vol.9に寄稿しました。よろしくです。


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