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小説

獣の奏者 完結編 上橋菜穂子 感想

少女は大人に。そして運命は輪る。


本作は一度、2巻目にして完結した物語です。それが周囲の熱い要望により、続編の執筆が決まったそうで。そうしてできたのが今回感想を書く探求編と完結編の2作品。
正直私は上記の話を事前に聞いて、読むのを迷っていました。既に完成された作品を、語弊はあるが無理矢理続きを書かせるような真似をして台無しになったらどうするのかと。
しかしそんな心配は杞憂に過ぎませんでした。上橋さんを甘く見ていたと言わざるを得ませんね。素晴らしい傑作です。

あとがきとかで色々書かれているので改めて言うことでもないですが、1・2巻がエリンと王獣のミクロな関係性を中心に描いた作品だったのに対し、この完結編では国の外にまで視野が広がりより大きな歴史の胎動としてのマクロな物語が展開されています。
ここで上橋さんが、「家族」というガジェットを物語の核として組み込んだのがまず見事。
エリンとイアルの息子、ジェシ少年の視点が入ることで大人が何を残し、子供がどう未来を紡いでいくのかという親子間での「継承」の物語を起点に歴史的な視点からの「継承」をもテーマとして描くことに成功しています。

親から子への「継承」というのは今年読んだ小説ではそこそこ散見されたテーマなんですけど、ここまで子が親から何かを受け継ぐ過程を克明に描いた作品はなかったなぁ。いや、別にそれらの作品が劣ってるとかじゃなく、この作品の特徴としてですね。
エリンの教育方針、たとえ子供がその時点では理解出来ない事でも言葉を尽くすことでできるだけ心にとっかかりを残そうとする意志は、知識だけでなく「考えさせる」ことに重点を置いているのが分かります。現にジェシは、言われたことを鵜呑みにするのではなく自分なりの納得を得ようと苦心していました。
エリン、そしてイアル。彼らは常に前を見据える姿をジェシに見せることで親としての責務を果たしていくのですが、逆に彼らがジェシから何かを学ぶ描写を挟むあたりが誠実だと思う。親の生き様を見て子は育つ、そして親もまた子からもらうものがある。あとがきによると上橋さんは教育論にインスピレーションを受けていたそうで、この「継承」の物語をここまで書けたのも納得です。

ジェシに対しても、そしてリランたち王獣に対してもそうですが、彼らと共にいることについてエリンは罪の意識をずっと抱えていました。王獣たちを解放するという願いとは裏腹に、逆に人間の争いに彼らを縛り付けてしまう実情。自分がリョザの中で特別な能力を持っているがゆえに、息子に過酷な運命を強いてしまうという確信。それでもと、彼女はそこから逃げずにひらすらに茨の道を進み続け、手探りで最善を探し続けます。それはたとえどれだけ残酷な真実が待っていようとも、すべてを解き明かしたその先にしか道はないという信念の下。
リランとは出会うべきではなかったと思いつつも、その「過ち」がゆえに生まれた絆があることをエリンが自覚するシーンが感動的です。彼女がどれだけ罪に苛まれようとも、リランが彼女を信頼する気持ちに変わりはないし、ジェシだって彼女を誰よりも尊敬し愛している。たとえ残酷な運命でも、そこに意味はあったのだと。ジェシが王獣も含めて「家族」と称しているのがそれを良く表してますね。実にピングドラム的です(またかよ)。

さて、自罰的な側面がある一方で彼女には学者のように「この世のすべてを知りたい」という強い好奇心を持っていました。彼女が一人でなんでも抱えこみ過ぎている、というのは周囲からも再三指摘されています。あるいは独善的・傲慢とも言える彼女の姿勢は、しかし彼女の自己犠牲を善しとしない「家族」の存在によって最悪の結果を回避することに成功します。
結果的にエリンは王獣と闘蛇の激突によって起こる惨劇を止められず、死んでしまうことになるのですが、それでも次に繋げることはできました。それは夫イアルの支えやジェシの勇気と閃きによって初めて為しえたことで、結果論ですが彼女一人では何もできなかったことになります。
しかし、リランたちは死に、自分も致命傷を負ったというのに「私のすべてが報われた」だなんて言葉が出るあたりこの世界の不条理さを思い知らされます。

よりマクロな視点からみると、国家の統治のあり方というのが描かれていると思います。私はズブの素人なので適当に語りますがご容赦を。
ここで相対関係が強調されているのが、「知識を与えない」ことで人々の行動を抑制しコントロールしようとする「霧の民」とリョザの王祖と、「知らせる」ことで人々に考えさせ正しい行動を誘起しようとするエリンと真王セィミヤたちですね。
物語的な結論は後者になっているんだけど、一概に霧の民が間違っていたとも言えないんですよね。実際に長い間彼らの方針によってバランスは保たれていたわけですから。
ただ、今回のようにリョザの政治形態そのものの変革が行なわれ、また他国との接触機会が増えたというような歴史の節目とでもいうのかな、とにかく世界が大きく動くような時代が来た時には、今までの統治形態では立ち行かなくなることもあるわけです。そういった時には保守的な予防策よりも、ラディカルな改革論の方が効果的な側面もある。要は潮時だった、ということでしょうね。その歴史の変換期にエリンという主人公を配置し、「世界がどの方向へ動くのか?」という問いかけを描いたのがこの作品のマクロ面な物語構造だったかなと。

それにしても、エリンといいイアルといい真王といい、次代に負債を残さないために自らがオトシマエを付けようとする大人たちが最前線に立っている姿そのものがある意味では一番のファンタジーですね。フィクションなので理想はどんどん描いていいと思いますが、あまりに現実とかけ離れすぎていて哀しくなります(笑)


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まとめ【獣の奏者 完結編 上】

少女は大人に。そして運命は輪る。
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