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GUNSLINGER GIRL 感想

「一般的にいって、苦しみと悩みは、偉大な自覚と深い心情の持ち主にとって、つねに必然的なものである」

 タイトルはずっと前から知っていたけど、漫画もアニメも見てなくて、今年ついに完結したとの事で一気に読んでみました。
 うん、これは名作ですね。狙い済ましたかのような悪趣味な設定が、人々が意識するしないに関わらず引いたラインを全てぐちゃぐちゃにして混沌の渦に叩き込むようなストーリー展開。最高にモヤモヤするけど、最高に胸に刺さる。
 「有名だし設定は知ってるけど、なんか悪趣味だし嫌だな」と避ける人もいるかもしれないけど、むしろそういう人にほどオススメしたい作品です。当然感じるだろう嫌悪感や違和感をメタ的に突き詰めていく話だから。


 不幸な生い立ちの少女を集め、サイボーグ化し記憶を消去して「条件付け」と呼ばれる洗脳を施すことで従順な兵士とする社会福祉公社。
 彼女等は「義体」と呼ばれ、それぞれ担当官と「フラテッロ」と呼ばれるペアを組み日々反政府組織との戦いに殉じている。

 この設定がね、エゲツないんですよ。
 子供に武器を持たせて戦わせるなんてどう考えてもおかしい。でも、公社に拾われなければ辛すぎる過去、過酷な環境に置かれまず間違いなく最悪の形で人生を終えていた少女達。それが義体として運用されることで、「条件付け」によるものであったとしても満ち足りた日々を送ることができる。作中で描かれる彼女たちは無邪気に担当官を慕い、平時の際は仲間たちと穏やかな日常を過ごしている。少なくとも当人たちの意識上では、間違いなく幸せに近い状態だ。
 それでも、歪さは確かにある。彼女たちの幸せと社会への公益性を免罪符に、人の心を洗脳して大人の都合のいいように利用しているという事実。この欺瞞を軸として、登場人物たちのドラマが展開されるのがたまらないです。

 担当官それぞれの義体との関係性もまた千差万別だ。
 ジョゼはヘンリエッタを最も大切に扱っている描写をされていたが、実は死んだ妹を彼女に重ねていたことが発覚し、そして「五共和国派」への復讐の道具として彼女を利用していることのジレンマに苛まれ続けていた。
 彼の兄であるジャンは、自身が担当するリコを完全に復讐の道具として見なしており、条件付けに関しても疑問を持っていなかった。しかし、過去話で彼の婚約者ソフィアが指摘してたように、これは彼なりの優しさとも取れるんですよね。中途半端に自我を残すと、義体たちが自らの境遇を自覚した時に深い絶望を感じる可能性があるから。
 最も正義感の強いヒルシャーは、トリエラに自らの正義と希望を託しつつも、その距離感に戸惑っていて、ある意味では最も真摯に義体と向き合った担当官と言えるでしょう。

 彼らなりに異なる対応を取る担当官だが、義体たちは基本的に彼らを慕い、守り、付き従っている。それが洗脳の成果なのか、自分の本当の感情なのか、その境界は誰にも分からない。
 そこに独特の絆は確かに存在するけれど、やはりそれは一種の隷属関係だ。公社のほとんどの人間は義体たちに少なからず愛を注いで入るが、それがかえって彼女等に一種の強制力を発揮させてしまっている。
 「理解できる者は支配できる者だ」。何をすれば彼女たちが喜ぶか、時として愛情を感じさせる担当官たちの行動は、結果的により一層彼女たちと銃とを結びつけてしまっている。

 この歪な関係性と対比させる形で、二期生のぺトラと彼女の担当官サンドロのエピソードが挟まれる。条件付けを越えて、次第にパートナーとして対等な関係を結んでいく二人の姿を描くことで、読者が漠然と感じていた一期生たちのフラテッロの関係性に潜む欺瞞を浮き彫りにさせる。
 そしてそこから一気に物語は加速。義体の少女達の人生は一体なんなのか。担当官たちが義体に抱く感情は偽善なのか。そこに境界線を引くことすらできず、ただ流転の運命の中で懸命に生きる主人公たちの姿を鮮烈に描いた後半の展開は圧巻だった。
 
 個別に語りたい所だけど、絶対にまとめられないので総括してみます。

「利己的な生き方…愛情 モラル…偽善! すべてが自分ってことだ!! 俺は誰にも恥じないぞ!!」
 ジョゼが悩みに悩んだ末辿り着いた答。ヘンリエッタを復讐の道具として利用したのも自分。彼女に妹を重ね、混同して愛していたのも自分。義体の境遇に最後まで苦悩し続けたのも自分。ヘンリエッタが幸せに生きたと信じるのも自分。
 何が正解かなんてきっと誰にも分からない。だからこそ、自分の今までの選択を肯定することで自分を通す。たとえそれがどんな報いをもたらしたとしても、ヘンリエッタと過ごした日々を否定しないために。彼の末路は、もちろん違いはあれど他のフラテッロにも当てはまりますね。

 結局この作品は相反する概念に線は引かなかった。本物か偽物かなんて本当はどうでもいい。
「私にとって愛は試すものではありません」
「条件付け」を解除する際、試すように問われた言葉に対してぺトラはこう言った。
 彼女はすでにサンドロへの愛を確信している。自分の感情に定義をするのは最終的には自分なのだ。まさに「君が決めるんだ」ですね。
 正解なんてどこにも存在しないなら、せめて後悔しないように選択を続け、人生を生き抜くしかない。そこに救いはあったのか、あるいは悲劇でしかないのか、当人達以外には計り知れない。それでも彼らが必至に生きて繋いだ未来で、「希望」は確かに残っているという結末に感動しました。スペランツァが自身の人生に漠然とした縛りを感じていたのは一種の「呪い」のようなものですが、そこから自分の道を選び取って彼女なりに希望を繋ぐ、という流れは本当に美しいと思う。


 かなり雑な感じになったけど、なんとかクリスマスにこの記事を上げたかったので急いで書きました。やっぱり個別に書きたいという欲求はあるんで、もしかしたら新たに記事を書くかもしれないけど、今回はこの辺で。

 義体の少女たちに、そして彼女たちと共に歩んだ男たちに、メリークリスマス。
 

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