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ヨルムンガンド PERFECT ORDER 感想

「幸運を祈るわ。そしてね、ドク、ひとこと言わせて。空を見上げている方が、空の上で暮らすよりはずっといいのよ。空なんてただからっぽで、だだっ広いだけ。そこは雷鳴がとどろき、ものごとが消え失せていく場所なの」


 世界の戦場を渡り歩くピカレスクロマン、ついに完結。
アニメもそうですけど、原作漫画も今年の完結なんですよね。現実の世界情勢と通ずる所もあるみたいだし、2012年を代表する作品の一つになんたんじゃないでしょうか。

 私はこの作品を一言で表すなら、「矛盾」の物語だったと思います。
「フラフラと矛盾したことを喋ってもいいのは、数多の職業の中でも武器商人だけ」とはココの弁ですが、まさに彼女こそ武器を売り捌き戦火を煽る死の商人でありながら「世界平和」を目的とする矛盾の塊のような存在です。
 このような矛盾構造は大小関わらず作中のあらゆる場面に配置されていて、時には「欺瞞」、あるいは「ジレンマ」などニュアンスを変えつつもドラマ・キャラ造形のエッセンスとして描かれてきました。

 そしてココが自分の分身のように思っていた少年兵ヨナ。彼もまた武器を誰よりも憎む優しい少年でありながら、置かれている状況・それまでの経験から武器を手放すことができないという「矛盾」を抱えた人物です。
物語のクライマックスではこの二人の価値観の相違による決別が描かれました。
 「ヨルムンガンド計画」。ココが長年温めてきた、量子コンピューターによる強制的世界平和。計画の発動に伴う犠牲者は70万。長期的に見ればもっと増えるでしょうが、少なくとも大規模な戦争はなくなります。

 この計画、あちこちで色々な議論が起こってますよね(笑)
筋は通っていると賛意を示す人もいれば、こんなんで世界が平和になるわけがないと否定をする人もいます。私はどうかと言うと、よく分かりません(えー
だって、どう考えても与えられた情報が少なすぎて判断材料足りないし。

 もちろん、提示された手法の妥当性を議論することは有益だと思いますし、それはそれで楽しいと思います。
 でも、語弊を招きそうですが、ぶっちゃけどっちでもいいと思うんですよね。少なくとも物語を理解する上では。世界平和はココとヨナ、二人の主人公のスタンスを相対化させるためのガジェットに過ぎないと思うんですよ。
 実際に、作中では結局計画が発動してどうなったのかは描かれることはありませんでした。これは良く言われる「読者の想像に任せた」というよりは、単純に描く必要がなかったからだと思います。そこは主題ではないから。

 この作品において、世界各地で起こる戦乱は武器商人とその仲間であるメインキャラたちにとって「日常」です。仕事のために人を殺すし、経済活動としての戦争を回している。人死について過剰に悲劇性をピックアップしないのはこの作品の特徴ですね。仲間のアールが死んだ時ですら、一連の別れのシークエンスは至極淡々と進み、湿った空気を引きずることはしませんでした。それもまた彼らの日常で当然あり得るべき事柄だから。
 しかし、そんな世界を行きながらもヨナを除くココの仲間達には少なくとも表面上は悲観的な展望は見られません。カレンちゃんが「こんな世界、もう嫌だ」と叫んだくらいですかね。彼女は殺し殺されの世界に嫌気が差したのでしょう。バルメもココと出会わなければあんな感じになっていたかもしれませんね。
 
 ただ、生まれながらに武器商人になることを運命付けられたココはいつもの笑顔の仮面の下に、自分を含めた世界への憎しみを溜め込んでいました。彼女が臆病な少女の素顔を隠していたことは所々で示唆されてましたし、アールの死後にバルメから「どんなココも素敵ですよ」とフォローされて「武器商人の! 私の何が、なんだって!?」と自らを嫌悪している側面を晒したこともありました。
 そんな彼女が思い付いたのは今の大嫌いな世界を変えることで、自らの憎む武器をこの世から一掃すること。その計画で発生する犠牲を、彼女は必要最低限と割り切ります。
 ちょっと逸れるけど、この辺で事前に警告することで犠牲者を減らせないのか? という疑問が結構出てますね。私見を述べると、彼女の目的は人類に「恥をかかせる」ことにあるから、その意味でも世界的な規模での犠牲が必要になる、ということなんじゃないでしょうか。

 そして、同じく武器を憎みながらも、それでも世界が好きだというヨナは70万人の犠牲を看過できずココに銃を向けます。このシーンがやはり作中でも最大のクライマックスだと思いますね。原作を読んだ時も鳥肌モノでしたが、アニメで作画・演出・音響が付くとさらに素晴らしく感じられました。
 この時のヨナの判断は「子供だから」と作中で評されていますね。そもそも仕事で人を日常的に殺し続けている彼が、その日常を変えるための殺人をなぜ憚るのか、という矛盾を突いたものだと私は考えます。もちろん規模が全然違いますけど、彼が人を殺しているのは日本で暮らす仲間達、あるいはココ部隊の仲間を守るため。その時点で彼は自分の大切な人とその他の人間に明確な線を引いているんですね。彼らのために、ヨナは何よりも憎んでいるはずの武器を捨てきれない。
 その点を評してヨナは周囲から「優しい人間」と評されているのだと思います。70万人を必要な犠牲と言い切れるほど、割り切った考え方はできない。それが出来る人間を大人とし、その対比として子供という表現を使っているんじゃないかと。
 ココ小隊のメンバーは、既にビジネスであったり自分の技術であったり、大切な人のためであったり信念のためであったり、とにかく日々の戦闘行為をそのための手段として割り切っています。だから皆ココの計画に賛同したのですね。今までやってきたことと本質的には同じか、それ以上の価値があることと判断したからこそ。

 どうしても割り切れないヨナは、2年間キャスパーの下で戦闘員を続けます。彼との旅がどのようであったものか、経過は描かれていないけれど、決して彼の持つジレンマを改善するような事態は起こらなかったでしょう。むしろ世界情勢は日々悪化し、ココの予想通り世界大戦勃発間近、という所まで来ています。
 殺して殺して殺しても、良くなるどころかどんどんドツボに嵌まっていく世界。そんな日常に耐え切れなくなったヨナは、キャスパーの車を降り限界を叫びます。小銃を投げ捨てても、結局銃を完全に捨て去ることができない点に、彼がずっと持ち続けている絶望の深さが表れてますね。
 ヨナは一人彷徨い、ついにココ小隊と再会を果たします。自分を待っていたと、笑顔で迎えてくれるかつての仲間達。彼の居場所はそこに用意されていた。
 そして再びココと対面する。
 「それで本当に平和な世界が来るのか?」
 「知るかァ! 未来のコトなんて!!」

色々台無しにも思えるこのやり取りが、実はこの物語最大の肝なんです。

 ヨナが世界を好きと言った理由を「お世辞」と「希望」だと切り捨てたココだけれど、彼女が述べた「恥の世紀」だって、人類にはまだ空の封鎖によって自分達の行いを恥じるだけのプライドがある、かもしれないという「お世辞」と「希望」だ。
 これもまた彼女特有の矛盾した言動の一つ。
 結局ココもまだどこかで人間の良心を信じている。だから本当の意味でヨナとココは似た者同士なのだ。キャスパーがココに言い放った「武器はこの世からなくならない」というのはどうしようもなく正論です。作中で最も純粋な「武器商人」であるキャスパーをリアリストとするならば、矛盾した「武器商人」ココはロマンチストと言えるでしょう。
 
誰しも生まれ 死ぬだけなら
Only one信じたい
崩壊から生まれる 明日を
 

 ヨナが信じた「人々が少し優しくなれば、世界が輝き出す、かも」という希望はついぞ果たされなかった。そして世界に絶望したならば、自らの手で新しい世界を創ろうというのがココですね。
つまり彼女が提示したのは新たな「希望」なのです。

 そう考えると、作中で計画に賛意を示す者たちの言葉もしっくり来ます。
 ブックマンとトージョ、レームもだっけ? 彼らはココが創る新世界を「見てみたい」というのです。これもまた一種の「希望」。
 ヨルムンガンドが発動すれば、どう転ぶにせよ世界は間違いなく一変します。そしてそうなった時どうなるのか? 
 それはココが笑い飛ばした通り「わからない」んです。
 わからないから見てみたい。今の世界がもうどうしようもない事を理解している彼らだからこそ、未知の領域に胸を躍らせるのです。

 ヨナが最終的にココの下に帰ってきたのも、彼が世界平和を確信したからではない。
 世界とココ、どちらもイカレているのを理解し、その上でどちらを信じるかを選択したからです。2年の考える時間を与えられ、今の世界に絶望したからこそ、ココの提示した新たな希望を信じる気持ちになったのですね。 人が生きていけるのは、明日を信じられるから。たとえヨルムンガンド計画が失敗に終わっても、ココは絶対にヨナに武器のない世界を見せるのを諦めないと思います。世界よりもココを信じることに決めた、それが彼が武器商人との旅の果てにたどり着いた答なのです。

 ココの「矛盾性」についてもう少し。アールが彼女を評して「状況が黒かろうが白かろうが灰色の道を歩き続ける」と言っていました。二元的な境界を飛び越える彼女の言動が、意図的なものであることが分かりますね。それまでのココのキャラクター描写が収束し、武器商人でありながら誰よりも早く「世界平和」の実行に着手するという終盤の展開に帰結するという物語構成が素晴らしい。狂人の描写として、ここまで説得力のある作品は個人的には珍しいと思います。

 以前ココとFate/Zeroの切嗣を比較するネタを思い付いたと言ったけど、ここまで来るとわりとどうでも良くなっちゃったなー。むしろピンドラの眞悧の方が近いかも。彼は世界に絶望し、世界の修繕でなく破壊を望んだココと言えるかな。世界への「呪い」という点では二人はかなり似ていると思います。

 「世界平和」という壮大な命題を扱いながらも、人間の生きる道を描いたこの作品。腐りきったこの世界で、どうしたら明日を信じられるのか? という切実な問いに一つの解答を示したという意味で、とても誠実な作品だったと思います。
 世界情勢等は勉強不足でどの程度真実味があるのか分かっていないけれど、それでも作品テーマは十分伝わったと感じました。
 2012年を締め括るに相応しい傑作を産み出してくれた原作者及びアニメスタッフに賛辞を送ります。


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アニバタ Vol.6アニバタ Vol.9に寄稿しました。よろしくです。


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