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小説

「未来のイヴ」 ヴィリエ・ド・リラダン 感想

 結論:やっぱり女は二次元に限る。

 正漢字・歴史的仮名遣いで翻訳された19世紀のSF小説。
 とにかく読み辛かったです。どうしても読めない漢字もちらほら。でも名訳と言われているだけあって格調高い感じが貴族であるリラダンにマッチしててよかったです(適当)。

 蓄音機を発明した天才科学者エディソンの元に、友人である青年貴族エワルドが訪れる。
 彼はある悩みに苦しみ、自殺を考えているというのだ。その悩みとは「恋」の悩みである。完璧な美貌を備えた彼の恋人アリシャは、その外見からは想像も付かないほどに俗悪な内面を有していた。
 そんな彼を救うため、エディソンはアリシャの肉体はそのまま複製し、高貴なる魂を容れることで「理想の女性」、人造人間ハダリーを産み出す実験の提案をする。

 あらすじはこんな感じなんですが、本編はひたすらいかにして人造人間を生み出すか、いかにしてエディソンが人造人間を造ろうとするに至ったか、そして「女性」とは何か、というエディソンとエワルドの対話が続き、ハダリーが誕生するのは物語の終盤になってから。どちらかというと思想的な話で、「現実」の「理想」の相対化を科学の発展を皮肉った形で描いていたような印象。

 リラダンは名門貴族出身で、松岡正剛が「知的アリストクラシーの最終走者」と称したように当時では既に消えかかっていた華族意識を強く持っていた人物らしい。
 しかし青年時代の彼が過ごしたパリでは、すでに王族貴族は凋落し、俗悪で卑しいヴルジョワジー社会が蔓延っていた。

 このような経緯が作中にも諸に繁栄されていて、アリシャの俗物な性格はそっくりそのままその時代のブルジョワジー主義そのものを象徴したものでしょう。彼女の肉体がヴィーナスと見紛うほどとされているのも、絢爛豪華なパリの街並みを表しているのかも。
 そしてそんな彼女を槍玉に挙げ、対比する形で「理想の女性」というものが語られます。
 曰く、「義務と、自己放棄と、自由な献身の、不撓不屈な品位を示し続けた結果、浄化され、神聖になり、正しくなった女性たち」
 それはまさに、高潔な精神を持ち、夫に全てを捧げ、妻としての義務を忠実に果たす、男にとって理想の女性。
物凄く勝手なことだとは思いますが、まあ誰もが自分にどこまでも都合のいい異性くらい夢想しますよね。だから「理想」なわけで。
 
 リラダンは特に貴族主義の人間ですから、「女性とはかくあるべき」と大真面目に思っていたのかもしれませんね。アリシャに失望して自殺すら考えるエワルドの姿は、そのまんま当時のパリにいた彼の心境を物語っていたのでしょう。
 作中で救いの手を差し伸べるエディソンがデウスエクスマキナと称されているのも、逆説的にそんなものは「現実」には存在しないということを示唆しています。

 解説によると当時爆発的な進歩を遂げていた科学信奉に対してもリラダンは含むところがあったようで、科学の力で産み出された「理想の女性」ハダリーが、問答の末エワルドの愛を掴むも、最終的には船の沈没事故で文字通り水泡に帰してしまうという展開に科学への不信が表れているのかもしれない。

 しかし「理想」を体現したハダリーの振舞いや言霊には畏怖すべきものがあり、彼の「理想」への情熱そのものには悲観こそあれど皮肉は存在しないのだとも思える。
 
 現代の人々が理想のまま偶像を崇めることのできる「アイドル」や「二次元」に熱狂するのもまた必然だったのかもしれません。事実は夢に優るが、現実は理想には勝てないのだ。

 ※追記

 おっと忘れてた。
 今度この作品に強く影響を受けたという押井守監督の「イノセンス」を見てみようと思います。


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