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俺ガイル

やはり俺の青春ラブコメは間違っている。 6巻 感想

 あるがままの心で生きようと願うから 人はまた傷ついていく

 先日アニガイルが事実上の最終回を迎えたので、早速文化祭編に当たる原作6巻を読んでみた。
 やはりアニメだと尺が足りなかったのが、原作の方が文化祭実行委員会の情勢の推移と雪乃破綻までの流れがスムーズに描かれていた。
 
 あと印象が変わったのが生徒会長のめぐり先輩。アニメではいい人であるんだけどちょっと鈍感というか、無神経な印象を受けたのだけど、原作では八幡のやり方を肯定できないまでも彼の密かな尽力にちゃんと気付いていたようなのでちょっと安心した。

 基本的には、八幡・雪乃・結衣の奉仕部三人のドラマを中心に構成されてたドラマとしては、アニメでも重要なところは大体拾えていたかなと思う。
 しかし、原作を読んでより理解が深まったように感じるのでその辺を書きます。

 とにかくこの6巻はクライマックスでの八幡のモノローグが神懸っていた。アニメ最終回ではほぼ省かれていたのだけど、まあ長々とセリフで喋られると野暮ではあるし、八幡の表情と徹底した光と影の対比演出で表現されていたのでメディアの違いを理解した良い判断だったのではと。

 八幡の信念はつまり「自己肯定」。
 自分の過去を、現在を否定しない。周囲の環境に、他人の視線に合わせて自分を変えてしまうことを「成長」と呼ぶのは間違っている。
 これに関連して、八幡の言う正しい「成長」を果たしたのが雪乃である。
 彼女はずっと影を追い続けた姉へのコンプレックスからの脱却を果たした。この昇華方法として、雪乃が去年の文化祭で陽乃さんが演っていた曲を演るというのが最高なんだよ。
 
 「私は、姉さんが今までやってきたことなら大抵のことはできるのよ」

 雪乃は陽乃さんの後を盲目的に追う事をやめたが、今まで追って来た過去を否定しない。現在の自分が間違った過去の上に立脚することを認めた上で、過去と現在の自分を肯定してみせる。それによって姉の幻影に縛られた自分から解放され、「雪ノ下雪乃」個人として陽乃さんと対等に向かい合うことができた。
 
 その意味では、八幡の考えは一つの真理を突いている。
 しかし、光あるところには必ず影がある。彼のその信念の裏には、変化に対する強い「おそれ」が感じられた。
 社会に出て、周囲への適応を要請され、その中では人の心は磨耗し、すり潰される。自分は自分だと、周囲に依存しない「個」を保つのは難しくなり、きっと何者にもなれないまま「全体」の一部として埋没してしまう。
 まさにそれを体言していたのが相模南というキャラクター。学校という箱庭の中で、周囲の目を気にするあまり、自分ではなく他人の視線に依存する浅ましい存在になってしまった。プロフィール欄の、趣味:特になし 特技:特になし がそれを象徴している。自分の好きなもの、得意なものを見失い、同調圧力の荒波に囚われてしまった。
 
 八幡が恐れているのはまさに相模のような存在になってしまうことだ。
 しかし、彼の周りの環境はすでに変わってしまっている。奉仕部の仲間、雪乃と結衣はもはや彼が孤独でいることを許さないだろう。そして八幡自身も、彼女たちとの日常を失い難いものだと認識してしまっている。
 だが、八幡と彼女たちの間には、変わりたくないという彼の想いに加えてスクールカーストという社会的な断絶が存在してしまっている。それを埋めるのには、今の所は彼が集団に迎合するしかない。そしてそれこそ、八幡が最も恐れ、憎む欺瞞の世界である。
 だから彼は光の中へは入れない、変われない。

 実際は学校が世界の全てではないので、そこまで今の立場を憂いて線を引く必要はないのだけど、八幡の場合は人間同士を繋ぐ糸の細さを過剰なほど意識しまっているからなー。だから今の日常も、人間関係もやがて失われる物という前提にしてしまっている。
 彼の抱える苦悩を解消するには、平塚先生の言うように「上手くやる」術を身に付けるしかないんだよなー。社会という場ではある程度自分を殺すのも致し方なしとして、自分という「個」は友人や恋人、家族というコミュニティの中で守り、育んでいくしかない。
 八幡もそれを分かってて、今まさに折り合いを付けようとしている最中なんだよね。だから間違えないようにと、結衣との距離を慎重に測っているし、間違えてしまった雪乃との関係も問い直すことで正しい結論に辿り着いた。
 社会の荒波に揉まれても壊れないような、欺瞞のない関係を構築するためにもがいている。

 八幡の矛盾するかのような思考と言動の中には、思春期における「大人」になることへのおそれが表現されている。その舞台として、スクールカーストを顕在化した場を徹底的に解体して描いているから、それがただの自意識の話じゃなくて「社会」と「個人」の物語として成立しているんだよね。
 これ、もしかして名作級の作品じゃないだろうか。最高に面白いです。

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アニバタ Vol.6アニバタ Vol.9に寄稿しました。よろしくです。


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