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小説

AURA ~魔竜院光牙最後の闘い~ 感想

 普通とは、逸脱とは。


 最近諸事情で去年放送された京都アニメーション制作のTVアニメ「中二病でも恋がしたい!」について改めて考える必要性に駆られたので、当時類似性が指摘されていたりしていた本作を読むに至った次第です。
 なるほど、確かに主人公とヒロインの設定や関係性は似通っている。しかしそこで描かれるテーマ性も、「中二病」の扱いにも明確な相違があり、この本作の流れを汲んだ作品ではあっても当然ながら別物である。

 本作の特徴は、己が作り出した設定に沿って日常生活において妄想上のキャラクターを演ずる「中二病患者」たちをスクールカーストの最底辺に位置づけ、その上で人間社会の実態を暴き出す作劇にある。
 この点で個人的には最近アニメを見て原作も読んだ「やはり俺の青春ラブコメは間違っている。」を思い出した。両作品ともに、カーストは確かに存在する(少なくとも登場人物はそうであるように振舞っている)一方で、しかし彼らの立つ足場はひどく不安定であり、たとえトップカーストであっても何かの拍子にその態様は容易に崩れ得るという非常に流動的かつ曖昧なものとして描いている。

 本作品は特に、いじめの描写や主人公がBLANKEY JET CITYの「ディズニーランドへ」さながら保身のためにヒロインを見捨てる描写などが迫真性のある「痛さ」を持っている一方で、中二病が教室内で多数派となってしまい「普通」の概念が逆転するというオチには皮肉の利いた独特のユーモアを感じる。
 この辺のバランスは、個人的には昨年アニメ化された同じ田中ロミオ先生原作の「人類は衰退しました」に通ずるものを感じた。

 本作において「中二病」は、己の殻に閉じこもったままで外界とのまともな接触を拒絶するディスコミュニケーションの象徴として扱われており、重度の中二病を患うヒロイン良子の世話役を押し付けられた主人公一郎にしばしばその幼稚さを指摘している。
 なぜならそれは彼自身がかつて通った道だからであり、それによって一郎は家族との関係を一度壊してしまった。
 誰に対してもまともに会話をしない良子。作中において「中二病」はいつも不和の原因であり、だからこそ作品内でおけるあらゆる問題について「悪いのは良子」という一郎にとっての逃げ道が出来てしまう。
 だからこそ一郎は彼女を真人間にしようと苦心するし、全く自省しようとしない良子に強い怒りを見せたりもする。

 ただ一人、自分の仲間として認識していた一郎に見捨てられた彼女は、現実の世界から向こう側の世界へ飛び立とうと自殺を図り、一郎の必死の説得でついにその衣装を脱いで「普通の高校生」としての制服に袖を通す。
 しかしながら、本作において「中二病」は決して否定されたわけではない。良子が自分の妄想世界を昇華させて生み出した屋上のオブジェクトはその芸術性を評価され、やがて教師たちもこぞってその価値を承認するようになった。また、先述したように常に底辺に置かれ排斥されてきた「中二病」の価値観はラストシーンにて誰もがかつて一度は信じたことのある妄想を披露する暴露大会が巻き起こることで、その場その時限りのものとしても一気にマイノリティから主流なものになり、一貫して中二病を否定し続けたトップカーストの女の子が置いてけぼりにされる。
 そんなクラスを尻目に、良子が一郎に「“普通”のやり方、おしえて」と耳打ちするラストはなかなかのキレだった。

 論旨がめちゃくちゃになってきたんで強引にまとめます。
 「中二病」は「普通」から逸脱したものであっても決して否定されて然る価値観ではない。ただ、社会で生きるためにはどの価値観にしろ多数派あるいは相手と同じ価値観を持つ必要がある。コミュニケーションが成立しなければ(少なくともさせる気がなければ)関係性を構築することもできないからだ。大なり小なり、その関係性の中で共有される価値観こそを「普通」と呼ぶのだろう、多分。
 要は「伝える伝わるはルールの向こう側にある」ということ。だから屋上の神殿の上で一郎は、良子に声を届かせるため再び魔竜院光牙の姿に変身したわけだ。
 しかし、「普通」に迎合することは決して自分の中の世界観を封印しなければいけないわけじゃなくて、同好の仲間はどこかにはいるはずだからそこで自分を出せばいいだけの話。
 境界も断絶もあるけれど、逆に言えばそこさえきっちりさせとけば自分を殺さずに社会に適合することができる。まあそれを阻むのがスクールカーストに代表される社会の同調圧力で、そこに遍在する悪意や攻撃性をどうすんべえという問題があるわけですが。
 それこそ数の暴力で逆襲するしかない、ってのが本作ラストから感じたことなんだけど、まあオタク文化が徐々に拡大してる(気がする)のを見ると的を射ているのかもしれない。あるコミュニティの中で多数を占めれば、それは最早「普通」になるのだ。
 台頭するオタク文化に対する社会からの排斥行為の結晶が児ポ法、なんて考えが頭を過ったけどいい加減脱線するんでこの辺にしときます。

 
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