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漫画

純潔のマリア 感想

 アニメ化決定おめでとう!


 先日発売された第3巻にて無事完結&アニメ化が発表された本作。
 残念ながら100年戦争も宗教についても教養がないのでそこまで深い理解はしていませんが、もちろん予備知識がなければ楽しめない作品ではないので、考察しようと思わなければ問題はないかと。
 っていうかあれだな。教養の有無じゃなく、それを知って自分で調べようとするかどうかが本当の別れ道なんだろうな。特に反省はしない。


 地上で魔力を行使し、人々の依頼に応えながら戦火を抑えようとする処女魔女マリア。
 天上から人界を監視し、人々の祈りに応えずただ見守る大天使ミカエル。
 この2人の対立構造が物語の軸ですね。マリアはただ目の前の人々が傷付くのを見たくないから戦争を止めようとするけど、人の営みが操作されるのを良しとしないミカエルは彼女に罰を下そうとする。
 いくら祈っても助けない、それどころか人が無残に殺されるのを止めることを悪とする。人々を救うはずの神の矛盾を追及するマリア。そんな彼女は自らの純潔=人としての幸せと魔女としての力を天秤にかける制約を課され、監視役にミカエルの槍・エゼキエルを付けられるのだった。

 このエゼキエルがね、ミカエルとマリアとの間で板ばさみになってて可愛いんですよ。基がフクロウ(夜行性?)であるマリアの使い魔に対して、彼女が変身するのは平和の象徴であるハト。ミカエルから借りたお題目を掲げるエゼキエルにマリアは力を使わずに争いを止めて見せろと吹っかけるんですが、彼女は言葉で人々を導くことができない。
 そもそもエゼキエル自身がミカエルの「力」そのものである、というのが面白い。彼女は自身の想いとは裏腹に理を乱す魔女を貫き、天上のスタンスそのままに人々の願いを踏み躙る。作中で彼女はまさに天界が振るう力そのものを具現化した様な行動を起しています。
 一方のマリアだってたまたま自身に力があったから、それを目的のために行使しているだけなんですよね。彼女は争いを止めたい、そして他に手段がないから強大な力を行使して人の理を乱す。

 天界、ミカエルの言い分もね、分かるんですよ。人にはない強大な力を以って平和を作っちゃったら、人の営みそのものが意味を為さなくなる。だから誰も救わない、全てを救うことは出来ないし、一部だけ救うのは平等に反するからだ。ただ見守るのが「神の愛」というのも分かる。
 誰かを選ぶことは他の誰かを切り捨てること、というのを理解してなお「選ぶ」道を選んだのが『輪るピングドラム』の荻野目桃果ですね。
 マリアは自分の目の前の人々しか救わない、というか救えない。それが彼女の力の限界であり、手の届く範囲でさえ彼女の力を拒む者もいる。だけれど彼女は選んでいる訳じゃなくて、ただ「助けたい」という衝動に従って動いているだけなんですね。ミカエルがマリアを指して「自ら何一つ決断していない」というのは多分そういう事。
 魔女ビブが指摘したように、マリアは「幸せ」がどういうものか考えたこともない。でも「愛」を知らないわけではない。なぜなら彼女には「愛された記憶」が、たとえ思い出せなくてもあるから。多分それが根源となっているから、幸せを理解しないままに人助けを行なっていたんですね。彼女の存在それ自体が「人の愛」を体言している、だから「マリア」。
 そしてマリアが自分の幸せを見出すに当たって、今まで彼女が結んできた者達との絆が活きてくるのが上手い。彼女の生き様はある種幼稚なものであったかもしれないけど、その純粋さがエゼキエルやジョセフ、ビブにも伝播して、輪になって還ってくるのが素晴らしいですね。

 友達と彼氏をゲットして、マリアはミカエルとの最終決戦に臨む。彼女が辿り着いた結論は、「一人一人が自分の幸せを見付ければ、世界は皆幸せになる」というシンプル過ぎる結論。まあある意味丸投げではあるのだけど、個人の力で世界は救えない以上本当にそれしかないんですよね。
 核心はここから。マリアは今まで糾弾してきた見守るだけの「神の愛」を認め、その上で神は心の中に在るだけでいい、人々を直接救わなくてもいいのだと肯定してみせた。マリアがその考えに至ったのは、見守ることしか許されないエゼキエルの苦悩を近くで見ていたからだと思います。エゼキエルは天界から地上に降り立ち、人々と触れ合ってしまったがために情を移し、世界の残酷さと自らの使命とのジレンマに陥ってしまった。そんな彼女が、自らのアイデンティティ足る「力」の役割を放棄し、マリアたちを守ってみせた。それは理で世を統べる「神の愛」ではなく温もりを重んずる「人の愛」なんですね。
 だからエゼキエルは天使の使いから人間になり、「人の愛」の結晶として生まれ変わる。マリアもまた魔力を失いただの「人間」に。力を行使するのではなく、人並みの幸せを手に入れることが彼女が出した結論だから。

 結果だけ見ると、天界のスタンスは肯定されてマリアのやり方は否定されているみたいだけど、マリアの意志は他の魔女たちにも伝播しつつあるから無駄ではないし、何より神に「人の愛」を示してミカエルから一本取ってやってるんで実質的には勝ちになっているはずです。いや、勝ち負けの話じゃないですけど。
 ともあれ、世界平和と個人の幸せは天秤に乗せられるものではなく、実際は表裏一体で連動するものだって結論には全力で頷くしかないし、マリアたちの所々俗っぽい行動原理には痛快さを感じるしで、短い巻数で良く纏まったエンターテイメント作品だと思います。
 アニメも楽しみだ(主に海外の反応が)。


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Comment

No title

通りすがりです。アニメから入りましたが、3巻+ex全巻一気読。石川さんの画力が半端なくて何度も読み返してますが、読み返す毎にマリア以上に、とにかくエゼキエルが切なくて愛おしくて可愛くて、共感者を探してここに至るです。

Re: No title

>うちはんさん

コメントありがとうございます。

エゼキエルを神と人の愛の双方を受けて生まれた寵児とすると、やはり彼女が影の主役なんだなーとぼんやり考えています。

一度石川先生の画力が存分に発揮された紙面に慣れると、個人的にはアニメは迫力不足かなーとも思ったり。だからなのか、なかなか食指が動かず視聴も止まっています。
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