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魔法少女まどか☆マギカ 感想

 これ今流行ってるらしいですね(すっとぼけ)。

 今更ですが劇場版が公開しているうちにと思い、ついに視聴しました。
 放送当時は流行に乗り遅れて見ていなかったのでこれが完全初見になります。
 とはいえ、ネット界隈では有名過ぎるこの作品、すでにあちこちでネタバレを喰らっており、ループ世界でほむらが頑張ってるとかマミさんが3話で死ぬとかさやかは不憫とかキュウべえは詐欺師だとかまどかが新世界の神になるとか大体の展開は知っていました。
 なのでこの作品の魅力の一つであるオリジナルアニメ特有の先の見えないエンターテインメント性を味わえなかったってのはありますね。放送当時の盛り上がりに乗れなかったというのも損した気分です。また、あまりにも大きく扱われているのでハードルが上がりまくってこっちが気構えて見てしまったというのも事実で、若干視点が冷めていたという自覚もあります。それが良いか悪いかは別にしても、個人的な好悪の判断には少なからず影響したでしょうね。
 
 個人的にシャフトアニメは苦手だったのですが、この作品に関してはいわゆるイヌカレー空間を始めとしたいつものシャフトに留まらない映像世界が展開されていたのでわりと大丈夫でした。それに加え、梶浦サウンドと丸っこいキャラデザ、ダークなストーリーが相まって独特の世界観が形成されていたのは今更言うまでもなくこの作品の大きな魅力の一つですね。
 コラージュを多用した異空間とファンシーグロな魔女の造詣はかなりの独自性を発揮していたのではないでしょうか。
 ただ、個人的にはアクションシーンでイヌカレー空間が前面に出過ぎると、アニメーションの魅力が削がれてしまうと感じました。後半は上手く映像に落とし込んでいて程良い違和感で済んでいましたが、結局は手描きで魅せるアクションの方が私は好きです。狭い路地裏で長物を振り回すハッタリの利いた杏子VSさやかの殺陣は純粋にカッコよかったし、影絵によるバトルも素晴らしい出来でした。
 11話のワルプルギスの夜戦も巨大な敵を物量で押すシークエンスが怪獣映画のようで
迫力があってよかったです。ちゃんと見せ場で気持ち良くしてくれるのはいいですね、個人的に物語シリーズのバトルシーンはあんまり好きじゃないので。

 構成も上手かったですね。1クールアニメとしてはかなり理想的な尺の使い方じゃないでしょうか。時間遡行ギミックを軸に、実に順序良く語るべき所を抑えて、情報を小出しにして、ラストの展開へとロジカルに繋げていました。若干キャラの言動が唐突で飛躍しがちな面もありましたが、全体に渡ってきっちりと計算されたものを感じましたね。
 キャラの配置に関しても、まどかとほむらを対極の主人公として、キュウべえをマスコット兼舞台装置に、マミさんが「理想の魔法少女」の体言とこの作品の方向性を示す役割を担い、逆に杏子がこの世界本来の魔法少女のスタンスを示し、そしてさやかが魔法少女の辿る運命を見せると、役割が明確で無駄がないです。キャラが結論に持っていくための駒になっている感もありますが、その辺は理路整然としたストーリー展開と反比例しがちなので難しいところですねー。
 尖った部分を残しつつ、総じてエンタメとして良くまとまっているウェルメイドな作品だと思います。


 ストーリー面でも色々考察や評論が為されているようで、TV版に関してはもうある程度語り尽くされているでしょうし下手な事言えない空気も勝手に感じていますが、まあツッコまれること覚悟で私も言いたいことを言っておきます。
 魔法少女モノの概念を覆した云々の話については私自身まったく「魔法少女」作品に造詣がないので言及しませんが、より広範囲のバトルヒロイン物として見てもそれなりに語れるんじゃないかなと感じました。
 この作品では何か一つ、願いを叶える代わりに魔女と戦う使命を負う者として魔法少女が描かれる。設定を聞いてすぐに「等価交換」という言葉が思い浮かぶのは世代のせいですが、実際に本作では「希望/絶望」の二極化が軸になっていて物語の展開を左右し続けます。
 作劇上強調されていると感じるのは、魔法少女たちの「願い」が必ずしも純粋なものではなく、その裏にあるエゴイズム的な側面に焦点を当てている点ですね。
たとえば、マミさんは強い使命感を持って世の為人の為に戦う、まどかとさやかにとって魔法少女としての指針である存在でした。しかしその一方で、ほむらが指摘したように彼女がやってる事は一般人を危険な道に引き摺りこむ行為でもあり、心の奥底の欲望として「一緒に戦う仲間が欲しかった」という心情を吐露していました。
 さやかもまた、純粋に恭介を救いたいのか、恭介を救う自分になりたいのか、一度問い掛けをした上で前者を選ぶも、やがて彼への慕情を拗らせて破滅してしまいます。
 この構図を見て感じたのは、バトルヒロイン物に対するある種のアンチテーゼですね。少女が戦う理由は純粋なものでなければならず、己の欲望やエゴが入り込むことは許されない。だからこそ、それが表出した途端この作品のヒロインは絶望に陥る。アニメファンが求める純真無垢なヒロイン像の象徴として魔法少女が描かれ、穢れによって魔女に堕ちる。この辺、実際にアニメでの「魔法少女」がどういう存在なのか前述の通りよく知らないので論としては若干弱いんですけど、まあバトルヒロイン物に当て嵌めてもある程度は通用するかなと。
 
 魔法少女の願いが真に純粋なものでなくてはならないとして、それを作中で唯一体現できる存在が主人公のまどかですね。彼女の願いは「魔法少女になること」そのものであるがゆえ、「誰かの役に立つ」という利他的な思想が根本にある。
 しかしながら彼女はほむらの願いのより作劇上魔法少女になれない存在として描かれています。このまどかとほむらは対極の存在として位置付けられており、おそらく誰よりもエゴイスティックな願いを持っているのが暁美ほむらなんですね。
 まどかを魔法少女の運命から救うために何度も何度も時間遡行を繰り返すほむら。しかし彼女の願いは「まどかを救う」ことではなく、「まどかを救う私になる」という性質のものだったと思います。「お願いだから、あなたを『私に』守らせて」ですからね。さやかとは逆のパターンになってるかな。
 ほむらは基本的にまどかのことしか考えてないから、マミさんとも対立するし、さやかを救おうとしても欺瞞を看破されます。彼女たちが仲間になっていた世界線もあったようだけど、それでもほむらがまどか以外の魔法少女達と強い信頼関係を結べていたようには見えないんですよねー。時間を遡るごとに不信が芽生えていったとはいえ、何を言っても信じてもらえなかったのはやはり彼女自身がまどかに拘るあまり信頼を勝ち得なかったからかなと。
 まどかが「願い」の象徴であり、ほむらが「欲望」の体現者である、というようにこの2人は対極の存在で、これは彼女たちが魔法少女として戦う際に扱う武器の性質にも現れてますね。ファンシーな弓矢は天使を思わせますし、一方ほむらの扱う重火器は人間社会が生み出した冷たい鋼で出来ています。ちなみにさやかの出で立ちが勇者然としているのは、彼女の独善的なまでの正義感が具現化したものでしょうね。あとの2人はよく分かりません(笑)
 対極に位置付けられる2人が、実は当初は非常に良く似た、自分に自信がなくて誰かの後を付いて行くだけの少女だったというのが皮肉ですね。

 この作品にはもう一つ、従来のバトルヒロイン物のアンチテーゼがあって、少女達の戦いに現実的な残酷さを取り入れるというものですね。もちろん人死にが出るバトルヒロイン物が今までになかった、ということでは全然ないでしょうが、それでも多くの人が衝撃を受ける程度には「このテの作品では女の子は死なない」という認識が共有されていたのだと思います。
 命を賭けた戦いをしているのだから、当然人は死ぬ。綺麗事も易々とは通らないし、自身の欲望に苛まれもする。昨今のエンタメがぬるま湯に浸かっているという側面があるからこそ、リアリズムを突き付けるだけであれほど騒がれるようになったんだと思いますね。
 ただ、あまりにも物事が悪い方向に進むために、中盤以降は逆にリアリズムからも逸脱していったような印象があります。私が後半ノれなかったのもそのためですね。
 例えば9話、魔女化したさやかを救うために杏子とまどかが共同戦線を張る展開があります。化け物になった味方の名前を呼び、奥に眠った意識を呼び覚ますという展開は一つの王道パターンであり、助かるにせよ死ぬにせよ大抵呼びかけは成功します。
 しかし魔女となったさやかはまどかや杏子の呼びかけに全く応えず、結局杏子が一方的に心中を持ちかけることでその戦いは幕を閉じます。これもまた従来のアニメへのカウンターとなってはいるのですが、そもそもこんな事態は現実には起こり得ないのだから、呼びかけが失敗するのがリアルと言われても、ただベタな展開の逆張りをしてるだけにしか見えません。
 ご都合主義を排した結果展開がネガティヴに振れるのであって、ネガティヴ展開そのものにリアリティがあるわけではないはずです。この辺、前半は絶妙なメタフィクションとしてのバランスを保っていた分、後半は話が別の方向へ向かってしまって残念でした。

 とはいえ後半のどうにも納得し難いバランスは、どうもインキュベーターなる宇宙生命体が作り出したシステムによるものらしいです。曰く、希望の対価としての絶望があり、本来ならありえないはずの奇跡まで叶えたのだから人間でなくなっても高い代償ではないはずだと。
 このシステムが根底にあるから、少女たちの希望が逆に彼女たちを追い詰める呪いに転ずる。まどかの願いですらそれを避けられず、別の時間軸で彼女がほむらに課した約束が、ほむらが戦い続けられる希望であると同時に彼女の心を蝕んでいく呪いになるのです。
 また、ほむらの「まどかを助けたい」という願いもまた、因果律がどうのこうので時間遡行を繰り返すたびにまどかが強力な魔法少女になっていき、膨大なエネルギーが手に入るためかえってキュウべえに目を付けられてしまうという呪いを産んでしまうのでした。
 希望がやがて絶望へと変わるためにまどかが願いによって神になる、というラストのロジック自体は明快だと思います。ほむらが時間遡行を繰り返したからこそ、まどかがインキュベーターを出し抜くほどの力を得たと、希望→呪い→希望と再度の反転が起こっていて見事なカウンターになっています。また、その前にまどかが母親との対話で「子供が知らないうちに大人になる」シークエンスを挟むことで、魔法少女が濁って大人になることによって魔女になるという負のルールに対する正の成長を打ち出しています。この辺の流れは素晴らしかった。 

 ただ、神になったまどかの願いというものが中々メンドクサイ代物で、「全宇宙の過去から未来、全ての魔女を生まれる前に消す」というものでした。つまり、魔法少女が絶望して魔女になるのなら、魔女に変化するルールそのものを失くせば希望を持ったまま死ねるというものですね。頭が鈍くて理解するまでにしばらく掛かったのですが、なぜ魔法少女システム自体を取っ払わないのかというと、どうやらこの作品世界では地球人類の歴史が魔法少女の奇跡あってのものだったのでそれを否定できない、まどか自身もまた魔法少女への強い憧憬があるので否定したくない、だからああいう形になったと。さやかが改変後の世界でも死んでいたのは、魔女化したという事実があったから死の因果自体は残ったということ?

 一応理解はできたのですが、個人的にはこの改変行為は納得できないですね。
 まどかのスタンスはさやかとの会話に表れてるのですが、彼女の願いによって希望を持ったまま死ぬさやかは「恭介の演奏を多くの人に聞いてもらいたかっただけ」というのを本当の願いとするのですね。いやいや、お前絶対恭介の事好きで、付き合いたいという欲望もあっただろ、それを否定するなよと。私が言いたいのはですね、別にエゴはエゴでいいし、それを肯定することで当初のメタフィクションとしての役割も完遂できると思うのですが、なんで欲望を肯定したら即絶望みたいなルール自体に疑問を持たないの?、ということです。
 自身のエゴによって闇堕ちして破滅するみたいなルールはインキュベーターが自分たちに都合のいいように作り上げたものであって、そいつらのゲームに乗っかる必要はそもそも無いんじゃないのかなー。ちょっと物語上の理屈とテーマ上の理屈がごっちゃになっててますが、システムを書き換えるに当たってそれが成立している前提条件自体がおかしいと私は感じていて、そこが否定されなかったのが感情的に納得できないわけです。
 もうあえて引き合いに出しちゃいますけど、『少女革命ウテナ』では最終的に当初の目的であった世界の革命、つまりルールの改変事態は為されないわけですよ。ただ個人の意識革命に留まった。作中の登場人物たちは皆、本作のルールを既定している鳳暁生のゲームから降りることでそれぞれの抑圧から脱却したのです。
 この結末が絶対的に正しいとまでは言わないけれど、私個人はまどマギでもそんな結末を期待していました。

 少女達の願いはまどかによって絶対的に肯定された。けれどそれは結局まどかが憧れていた魔法少女の純粋な願いでしかない。しかし、なんかそれっぽい言葉で有耶無耶にされたけど、結局ほむらの願いは叶えられてないので、希望を持ち続けることを是とするのは間違ってはいないのだけど、その裏に潜む欲望はどうするのって視点がやっぱり抜け落ちてる。
 そもそもほむらは最後まで自身のエゴイズムに自覚がなかったんじゃないかと思います。とりあえず希望を全部ひっくるめて肯定することで綺麗っぽく終わってはいるけれど、「問題を単純化してないか?」という疑問が拭えませんでした。
 あとはまどかが一人で勝手に皆を救っちゃったので(ほむらは果たして救われたのかな?)、他のキャラクターが挫折するか自己満足するかで終わってしまい本来なら描かれるはずのそこからの躍進が描けなかったというのは、メタっていた王道バトルヒロイン物に劣る部分だったと思います。
 ラストの結末は永遠に実現しない理想を追い続ける物語の主人公達を皮肉っていたのかもしれない、というのも思い付きましたがこれはさすがに穿ち過ぎですかね。

 エンタメとしては完成度が高いし、考えさせられるだけの魔力もあるけど、個人的にそこまで好きにはなれない、というのが全体の感想ですかね。いや、面白かったんですけどね。
 ただでさえ構成も文章もめちゃくちゃなのに、後半ヒートアップしちゃってさらに読みづらくなってますが、明日話題の劇場版を見に行く予定なのでどうにか今日までに書き上げたかったのです。評判を聞く限り、TV版にモヤモヤした人ほど絶賛する内容ということなので、もしかしたらもしかするかもしれません。というか、断片的に喰らったネタバレ情報を見る限りイケそうな気がします。
 

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アニバタ Vol.6アニバタ Vol.9に寄稿しました。よろしくです。


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