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映画

かぐや姫の物語 感想

 日本アニメーションとして最高峰の作品だと思います。凄かったし、何より面白かった。これこそ、世界で認められてほしいなぁ。


 しかしこれ見たの一日なのになんで記事書くのにこんな時間かかってるんですかねぇ。特に練ってたわけでもなし。


 水墨画・あるいは日本画と言ったらいいのか、とにかく圧倒的に「和」を感じさせる作画・背景・人物がそのまま動く動く。それが全編に渡って、時に鳥獣戯画の如く荒々しい演出を織り交ぜつつも、徹底的に描かれるのだが、むしろ見てる内にそれが当り前になり、すんなりと作品世界に入っていけるのがすごい。
 時にコミカルに、時に激しく、時に淑やかに躍動する登場人物たちの息吹が感じられる素晴らしい映像世界だった。

 さて、肝心の物語であるが、私は原典である『竹取物語』を小学校だか中学校だかの教科書で読んだきりである。ある程度の流れは知っているつもりだし、またそこから外れることのなかったストーリーだったが、巷で言われる「原作まんま」という意見には正直疑問。いや、既に方々で指摘されてることなんだけど、原作では得体の知れない存在だったかぐや姫の内面に迫り、感情移入させるアプローチになっている事でわりと現代的(あるいはどの時代でも普遍性を持ってるのかも)な問題提起を打ち出すことに成功しているので、むしろ原作とは全く見え方が違う物語に昇華されていたように思う。
 まあ私が原典を真面目に読んだことがないだけかもしれないが、まさかこんなに考えさせられる内容だとは思わなかった。

 翁と媼に山の中で育てられ、田舎の少年少女たちと共に野山を駆け回り、大自然の中でたけのこのようにすくすくと育っていったかぐや姫の幼少期。彼女の行動が一々愛くるしくて、危なっかしくて、だからこそ翁のオーバーなほどの溺愛っぷりに感情移入できる作り。翁役の地井武男さん、素晴らしい演技でした。
 ただ元気に育っていくかぐや姫を眺めていればよかった序盤、しかし舞台が都に移ったことで、少女の内面に迫らざるを得なくなる。

 高貴なる身として都で生きることこそがかぐや姫にとっての幸せなのだと翁は妄信し、彼女を山から引き離して多きな屋敷に閉じ込める。最初こそ綺麗な着物や贅沢な暮らしに無邪気に喜んでいたかぐや姫だったが、次第に自らに課せられた枷の多さに気付き、その心を凍らせていく。
 感情を封じ込められ、蝶よ花よと愛でられ、鳥籠の中でその一生を終える。翁が思い描いた娘の幸せは、確実に彼女を不幸にしていく。かぐや姫もまた、愛する父親の期待を裏切れない。しかし、これは翁個人の業というよりは、時代や社会が要請する幸福モデルの犠牲である。
 貧乏な出自の人間からすれば都で暮らすことは夢のまた夢、天上に昇るが如き幸せであり、女性にとっては規定されたロールモデルを演じ、より高貴な男性に娶られることこそが至上の目的であると、その時代の人間社会によって決められているのだ。
 これは現代でもそう変わらない問題で、女性の社会進出だとかでジェンダーフリーが促進してんだかしてないんだかよく分からない状況になってはいるけど、一応一般人が目指す幸福モデルとして「まともに就職して結婚して家を買って家族を作る」という理想像が刷り込みに近いレベルで未だに根付いているようないないような。この仕組みは多分人間社会の形成にはある程度必要なものだとは思うんだけど、全然詳しくないので適当な事言うのはこの辺で止めにします。


 本作では人工的で無感情な都会の生活と対比する形で、大自然の中で四季の移ろいと共に生きるアニミズム的思想への憧憬を描いている。人間は野に帰れ的な構図に拒否感を示す向きもないではない。
 ただ、かぐや姫は確かに大自然への憧憬を強く持ったキャラクターであるが、それ以上に彼女を突き動かしていたのは「望郷」の念である。
 かぐや姫の美しさに心を奪われ、求婚する五人の皇太子に無茶振りをする有名な件。自身の人格ではなく、社会が作られた「姫」の虚像に焦がれる彼らの心を見抜き、邪な想い=偽物の宝物を看破していくかぐや姫。しかし五人のうちの一人、宝物の代わりに道端に咲いた一輪の花を持ってきた石作皇子に、彼女は心を揺らす。
 彼は彼女に「ここではないどこか」へ行こうと誘いかけるのだ。「ここではないどこか」とは、フィクションにおいて現実逃避的な願望を示すフレーズとして扱われているもので、今の生活に苦しむかぐや姫には何よりも甘い誘惑となったであろう。
 しかし、結局彼の言葉も虚言として扱われてしまう。現実には「ここではないどこか」などはなく、詐欺師の甘言でしかないのだ。
 そして、かぐや姫が真に望んでいたものも「ここではないどこか」ではなく、庭に小さなジオラマを作って心を慰めていたように、はっきりと「故郷」を求めていたのだ。

 望む人生を送れなかった時、おそらくは最も自由で幸福だった子供の頃の記憶(家庭環境による)、心の中の「故郷」に想いを馳せるのは当然といえば当然の帰結。
 しかしそれはあのジオラマのように彼女が作り出した虚像でしかない。かぐや姫は夢の中で故郷への帰還を果たしたが、そこにはかつての村も人もいなかった。自然は時と共に人を置き去りにしていく。巡る季節に合わせて生きる田舎の人々のサイクル。憧れで、そしておそらくは初恋の相手だった捨丸との再会も、泡沫となって消えるのだった。
 かぐや姫の「生」への強い渇望は、社会システムにすり潰されて個人の幸せを見失っている現代人に重ね合わせて見ることができるのかもしれない。野山を駆け回るイメージはあくまでかぐや姫個人のものであり、視聴者が感情移入する際に想起すべきは各々が最も自由に生きた記憶だろう。

 そして後悔も一塩に、月からの使者がかぐや姫を迎えに表れる。この時の音楽がね、形容し難いんだけど、悲劇的な状況など省みもしない無闇な明るさで、そこはかとない狂気を感じた。
 それは喜びも悲しみもない、涅槃のような世界。
 人々の手を離れ、舞い上がるにつれて地上からは色が失せていく。
 かぐや姫が走り、笑い、泣き、必死に生きた世界が白く塗り潰される。
 そして宇宙に出たかぐや姫が振り返ると、その目に厳然として映される白い月と青い地球の対比。
 「地球は青かった」という言葉があるけどさ、この瞬間ほどその意味を噛み締めたことはないね。言葉が貧困で全然伝わってないけど、見てる時は本当にこの一連のシーンに魂を奪われてました。本当にすごいよこれ。


 さて、「姫の犯した罪と罰」というキャッチフレーズ。
 これまた巷でよく聞くのが、何が罪なのか分からなかったというものですね。これと全く同じ疑問を私はある作品に対する感想でも聞きました。そう、『輪るピングドラム』です!(久々のパターン)
 ピンドラでは、高倉兄妹が罪を背負い、その罰を受けて兄弟が消えていく結末が描かれた。抽象性の高い作品なので感想は千差万別、その中の一つとして「彼らが背負った死ぬほどの罪がなんなのか分からなかった」というものがあったと記憶している。
 ピンドラ作中のセリフ、「生きるってことは罰なんだね」。これは多分原罪の話で、『かぐや姫』における思想と同質のものであると感じた。
 月世界において、人間らしい感情を望むことが罪であり、そして地上で人間らしい感情を持って生きることが罰である。人工的な都会だろうと、緑溢れる大自然だろうと、美しいのは「鳥、虫、けもの、草木、花」の人間以外である。
 かぐや姫が最後の最後で故郷に帰り、捨丸と共に空を舞う夢を見たことだって、既に彼に妻子ができた今となっては罪でしかない。これはあくまで例だけど、人は生きる限り何かを傷付け踏みつけにするのは避けられない。それはかぐや姫が望む自由の本質そのものであり、だからこそ月からすれば地上で生きることは罰であると同時に罪である。
 生きることは罪であり罰、人間が人間らしく生きる限りそれは変わらない。作中で登場人物たちは誰もが罪を犯す、一方的な幸せを押し付けた翁も、かぐや姫の真意に勘付きながらも止めはしなかった媼も、虚言を弄して彼女を娶ろうとした皇太子たちも、long long agoな御門も、そして求められるが故に周りを不幸にしてしまったかぐや姫も同じだ。
 それは等価ではないにせよ、彼らが生きたからこそ生まれた罪であり罰である。そして翁もかぐや姫も、その罪は自身を苛みこそすれど責められることはない。生きようとする限りそれは避けられない業であるからだ。綺麗事ではなく、業としての「生」を肯定する物語。
 かぐや姫は後悔しかないような生でも、それでも地球に残ることを最後まで望んだ。たとえ悲しみや苦しみしかない人生でも、それらを消すことを望まなかった。あまりに救いのない結末は、あるいは社会システムの被害者であると同時にその一員である我々へ示された罰なのかもしれない。この辺を、消費される「美少女」像と絡めて考察する向きもあるみたいだけど、ちょっと分かりそうで分からないんで大人しく他の人の感想を探すことにします。

 「生きねば」というテーマ性は、同年に公開した宮崎駿作品の『風立ちぬ』と同じなんだけど、個人的にはこっちの方がグッと来たなぁ。あっちからは「生きねば」はともかく「生きたい」という意志があまり感じられなかった。私が持ってる「生」への認識って、「世界はまあいい所も糞な所もあるけど、そんなの関係なく生きるしかないじゃん?」という大前提以上でも以下でもないから、「この世界には生きる価値がある」とか言われてもピンと来ないんですよねー。この辺、多分はっきりと性格で分かれる所かなと思うんですが。
 未来に希望なんてなくたって、心の中にある「故郷」への憧れ、かつて謳歌した自由への渇望は消えない。「生きたい」という意志を映像から迸らせる物語、傑作でした。


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アニバタ Vol.6アニバタ Vol.9に寄稿しました。よろしくです。


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