アニメを中心に、漫画や映画、小説など創作物の感想を載せるブログです。

スポンサー広告

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

戦姫絶唱シンフォギア

戦姫絶唱シンフォギア 雑感 喪失との戦い

 最近ちょいスランプ気味なので気分転換に。


 『喪失』というキーワードを以ってシンフォギアという物語を振返ってみました。
 こじ付け、我田引水もあるでしょうがまあそういう趣旨なんで。思い付いちゃったんだから仕方ない。
 
 
 戦姫絶唱シンフォギアは、『喪失』と戦い続ける物語である。
 そもそもの物語の始まりからして、ツヴァイウイングライブの惨劇から始まっている。そこでは多くの人々がノイズに襲われ、風鳴翼は片翼である天羽奏を失い、小日向未来は親友を失いかけた。
 登場人物があらゆる喪失と向き合ったこの事件、これが現実世界での出来事――本作放送日1年前の3.11東日本大震災を受けてのものだと言う声もある。そして主人公たちがノイズ(=災害であり、人の悪意でもある)と戦うために身を置く組織の名前は『特異災害対策機動部二課』である。

 おそらく作中で最も喪失を抱え苦悩する姿が描かれたのは翼さんだろう。
 奏を失い、歌の楽しさを忘れ、剣として戦場に臨み続けてきた。しかし、そんな彼女の下に奏の力を受け継いだ響が現れたことで、彼女は再び喪失の事実に向き合わされるのだ。
 しかし、彼女は己の中にいる奏の姿を見出し、彼女が残した意志と言葉を理解していくことで、喪失を乗り越えていくのだ。

 一方、『喪失』の恐怖に苛まれ続けたのが未来である。
 翼さんとは違い、彼女は幸運にも親友を失わなかった。しかし、その経験が失う恐怖を彼女に植え付けた。
 響がシンフォギア装者としてノイズと戦っていることを知った未来は、彼女から離れようとする。これは響を失う恐怖から派生した、自分の精神性に起因する今の関係性を失う恐怖がゆえの行動である。
 2期においてもこの構図は顕在であり、響にはっきりとしたリミットが課された時、未来は彼女を失いたくない一心で力を手にした。響が響でいる限り、そして未来が未来でいる限り、この危うい均衡は解消されることがないだろう。だから2人は離れるべきだという主張も目にしたが、むしろ私はこの2人の、これからも己と互いと戦い続けなくてはならないであろう歪さを孕む関係性にこそ、シンフォギアの真髄が詰まっているように思えてならないのである。
 それでも一緒にいたいんだよ! それが全てだろ!

 お次はクリスちゃん。
 彼女は過去に両親を喪失しており、最初から失ったキャラクターとして登場した。
 そして彼女の話で欠かせないのは2課の司令こと弦十郎の存在である。
 司令は作中でも特に「失わないための戦い」を強調されている人物であり、公安時代に救えなかった少女のことをずっと気にかけていた。そしてその少女こそ、雪音クリスなのである。
 つまり、クリスちゃんは自らが失った人物であると共に、司令にとっての『喪失』を象徴する人物なのである。司令は劇中でクリスちゃんを守り、保護することに成功するが、その後すぐにフィーネの手によって彼女を失いかけるのである。「俺達はどこまで無力なんだ」と、他でもない人類最強の司令に言わせるあたりがニクいんだよなー。2年前に爆発の余波で仲間を死なせ、発頸で掻き消すまでに強くなっても、必ず手の届かない場面は出てくる。だからこそ彼は少女を戦わせることの業を背負いつつも、失わないために全力で彼女たちをサポートするのである。
 クリスちゃんに関しては、そもそもが何もかも失った状態から登場した人物だから、むしろ『手に入れる』プロセスを重点的に描かれていたと思う。いかに彼女が手にした居場所を受け入れるかを描いたのが2期とも言える。

 
 喪失という観点で忘れてはならないのがフィーネである。
 彼女は何度死んでも何度でも甦る、失われることのない存在である。そんな彼女も実は喪失と戦い続けた人物。自らが恋い慕う『あの方』に奪われ失われた統一言語を取り戻すため、彼女は月の破壊を目論んだ。既に失われたものを取り戻すという行動原理は彼女特有のものであり、結果的に失敗に終わったことからその行為に対して本作は否定的なスタンスを取っているように感じる。
 「命は尽きて終わりじゃない」と翼さんが語ったように、失ったものを受け継ぎ伝え次に繋げていく営みこそが『喪失』に対する答である。そしてフィーネ覚醒の過程で櫻井了子という人格が失われたことを知りつつ、それでもなお彼女を了子と呼び続けた響・弦十郎師弟の意志を受け取ったことで彼女もまた伝播の担い手となったのだ。

 
 2期では主に切歌がフィーネの覚醒によって自己を喪失する恐怖に晒されていたが、口頭でそれを連呼するばかりだったのがドラマとしては拙かったと思う。
 むしろ我らがマリアさん21歳が、妹のセレナを失い、使命を課せられたことで自分の本来の強みを見失い、最終的に自身を覆っていたあらゆる虚飾を剥がされた過程に喪失の系譜を見るべきだろうか。
 一方で、およそ失うものなど何もないウェル博士が破竹の勢いで物語を牽引していったのは、喪失を厭わないという意味で必然だったのかもしれない。

 さて、ここで本作の主人公響の話に移るが、意外にも彼女自身は目立った喪失をしていないように思う。
 いや、もちろん突如戦う力を手にしたことによる日常の喪失、という観点での物語は描かれていたし、未来との関係において発揮されてもいた。しかしあえて言うなら、彼女は純正のヒーローとして、束ねて繋ぐ力を体現した、喪失とは真逆の概念を司るキャラクターなのだ。だからこそ、彼女が主人公なのである。
 2期ではまさに喪失のまっただなかに置かれる彼女ではあるが、その『喪失』そのものに対して憂慮するのはもっぱら周囲であり、響自身は己の喪失には無関心に近い状態だった。彼女が思い悩むのはむしろ、それによって引き起こされる周囲の環境の変化である。響は劇中で一度ガングニールを失うが、それはどちらかと言えば未来の物語の発露であり、それが証拠にガングニールを失っても彼女は自分の強さを見失うことはなかった。
 彼女は惨劇を生き残った少女として、周囲の悪意に晒された経験があり、「喪失しなかった人物」として自らのアイデンティティーに悩むキャラクターになったと言えるのかもしれない。いずれにせよ、彼女は歪な存在として作中でも言及されており、この観点から見ても一種の特異点と言えるだろう。


 やはり一つのワードで押し通そうとしたので色々無理が出てるけど、まあ頭の体操くらいにはなったのでいいや。
 ただの思い付きなので特に結論もなく終わります。お粗末様でした。

関連記事
スポンサーサイト
Comment
Trackback
Trackback URL
Comment form













管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

ぽんず

Author:ぽんず
私は好きにした、君らも好きにしろ

アニバタ Vol.6アニバタ Vol.9に寄稿しました。よろしくです。


このブログについて

※感想記事はネタバレがデフォです。

当ブログはリンクフリーです。お気軽にどうぞ!
現在相互リンク募集中


twitter
検索フォーム
ランキング
にほんブログ村 アニメブログ アニメ感想へ

アクセス解析
外為どっとコムの特徴
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。