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2014年冬アニメ 感想③

 ログホラ、ノラガミ、キルラキル、中二戀の総評的な。


 冬アニメも続々と終わりを迎えているので、簡単ですが感想でも。
 今回はとりあえず4作、また日をおいて他のアニメの感想も書く予定。
 なお、中二戀に関してはかつてないくらいにボロクソ言ってますのでご注意を。


 ログ・ホライズン
 
 原作を丁寧に映像化した、作者の『まおゆう』アニメ版とは真逆で恵まれた作品だったという印象。流行からは外しつつ、可愛らしいキャラデザがハマッてて、腹ぐろメガネやアカツキちゃんなどデフォルメ表現を多用したのも地味な作劇を彩るケレン味になってたと思う。
 若干改変やカット部分で物語上のニュアンスが変わってきちゃって部分があったりでそこはちょっと残念だったんだけど、まあ許容範囲。
 MMORPGという舞台を活かしてウインドウを画面に出して色々説明したりする演出が特徴的なんですが、それが真価を発揮するのが後半での全力管制戦闘でデータを見つつ戦況をコントロールする一連のシークエンスを見事に映像で表現していた。特に19話の雨の中の死闘、ミノリが敗北を見通してしまったがゆえのスローモーションが芸術的で、思わず引き込まれた。今年のベスト話数候補。
 秋から2期開始と、これも素直に嬉しいお知らせ。個人的には外伝?である『竜吼山脈』をアニメ化してほしいのだけど、版権的な問題でノベルとしても出版されず作者のHPで公開されている状態。絶対アニメ映えするエピソードなんだけどなぁ……。


 ノラガミ

 神と人と死者の縁と境界線を巡る話自体はどうってことないんだけど、メインキャラ3人が上手く回ってるのと、何より映像作りが丁寧かつ上品でそれだけで見ていられる。
 都会の街並みを飛び回るアクションシーンに、雪の冷たさを感じられるようなクリアな映像世界。演出も丁寧で、雪音が自らの孤独と欲望を爆発させる学校回は白眉の出来。
 劇伴、音響も良くて、妖の不気味さと異質さを上手く表現していたと思う。


 キルラキル

 省エネ作画演出とちょこちょこ挟みつつも、圧倒的な映像スペクタクルを最後まで見せ付けてくれたこの作品。キャストの熱演という点ではこの作品の右に出るものはないんじゃないか、と思うくらいで、特に小清水さん柚姉洲崎さん朴ロ美さん田村ゆかりさんといった女性声優の熱量は凄まじかった。
  ストーリー面では、四天王戦からはしばらくダレを感じていたけど、皐月様反逆回からは大体毎回面白かったと思う。紙芝居演出で容易に着脱されるように、本作における服はアイコンとしての性質も強かったと思うが、元々アニメやマンガのキャラって同じ服を着ていても普通だから、その辺のデフォルメはテーマを妨げるものではなかったと思う。
 むしろ『一張羅』というキーワードが流子と鮮血の絆を表していたように、「少数の衣装を使いまわす」性質を上手く活かしていたように思う。後期OPではモロにそれを見せる演出があったり。
 ただ、結局は鬼龍院家の骨肉の争いに収束していくわりには、設定以上の『家族』としての描写が薄いのでイマイチ主人公たちのモチベーションがはっきりせず、それを補うためのカバーズ対人間の対立構図も若干フワフワしてて最終回の羅曉も宇宙人の受け売りで何をそんなに偉そうにしてるのか分からなかった。なので、「なんだか良く分からない」を象徴する存在である流子と鮮血の「服は服 人は人」という決めのセリフも本当になんだか良く分からない感じに。いや、服でもない人でもない中途半端な存在でも、彼女らは人と服としての関係を築き上げていくし、それが人と服の在り方だってことなのかな、くらいは考えてるけど。
 一方、『家族』ではなく『血脈』という観点で見るならば、親に与えられた『純血』にその身と人生を支配される娘達が、血の争い(この作品では流血描写が演出的にも際立ってる)を経ることでようやく自分の着たい服を着れる、自分の人生を手にした、という物語でまとまっていてあのエピローグは素晴らしかったと思う。
 血と言えば、流子が純血を引き裂き真っ赤な血を浴びて『産まれ直す』シーンが印象的で、この21話から22話への流れが個人的ハイライト。
 とまあ、間違いなく面白かったし素晴らしい映像を見せてもらったとは思ってるけど、感情移入できたかと言えばできてないので燃えアニメとしてはそこまで入れ込めず。私はグレンラガンの方が好きです。
 ちなみに最大の収穫は小林寛さんという演出家の名前を覚えたこと。今後に期待です。
 

 中二病でも恋がしたい!戀 

 今期ワースト(断言)。
 そもそも去年公開された劇場版からして、2期への繋ぎとして「六花の祖父への説得をなぜか勇太がする」「偶然にも(笑)六花と2人だけの生活が始まる」とアレな展開を見せていたので嫌な予感はしてたけど、その通りの作品になったなぁ。
 中二病を信じ続ける、無理にまともになる必要はない。1期のその結論に関しては私はわりと肯定的だった。だけどそれは、現実と向き合わなくていいという意味ではない。
 祖父との対決を恋人に任せ、甘やかされる生活に耽溺しきった六花は、クラスでも可愛がられ、作中で悩んだポーズを取っているもののそれは勇太との閉じた関係性においての話に終始している。それすらも、障害やそれになり得る要素はすべて周りが勝手になんとかしてくれるか物語の都合で自然消滅。どうにかテーマに掠っているかのように思えた『恋の目覚め=現実への回帰による中二病とのコンフリクト』という要素を担ったのは六花ではなく新キャラの七宮であり、彼女が勇太を奪いにかかるのでもなく勝手に自己完結していく後半の展開を見て「ああ、この子は六花のスケープゴートとして産まれたんだな。可哀想に……」といたたまれない気持ちになった。まあその分七宮は六花の数倍魅力的に見えたし、10話は武本康弘演出が素晴らしすぎて完全に引き込まれたんだけど。
 可愛い女の子とのラブコメを中心にする、というのが2期の方針だったらしいけど、正直ここまでして守らなければいけないほど六花は大したキャラじゃないと思う。これが1期での『誰得シリアス(大嫌いな言葉)』云々の意見に飲まれた上での方針だとして、その結果として生まれたここまで都合の良い世界観は醜悪ですらあると思う。萌えキャラを無理に延命させて、それで何が残るわけ?
 コメディとしてはサブキャラ(主にモリサマー・凸守)がよく活きているし、演出も面白かったんだけど、1期の話を経てのこれだと思うと素直に評価し辛い。勇太と六花がきちんと外に目を向けて現実を見据えて、その上でのあの最終回だったらちょっとは感動できたかもしれないけど、実際は「お前らが何と向き合ったっていうんだ」としか思えなかった。
 あと、降って湧いたようなモブキャラが無駄に個性を発揮して画面に出てくるのがすごく気持ち悪かった。普段から画面の端でクラスメイトが勝手に動いてる、みたいな作風でもないのに、急に友達面して出てくる存在があんなに不気味だとは思わなかった。
 早く口直しがしたいので、『たまこラブストーリー』の公開が一層待ち遠しくなりました。


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アニバタ Vol.6アニバタ Vol.9に寄稿しました。よろしくです。


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