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キャプテン・アース

キャプテン・アース 6話 「キヴォトス計画」 感想

 君の目には、いま世界はどんな風に見えてるのかな?


 今回も群像的なドラマに各種テーマや対比構造を絡めた作劇が冴え渡る本作。
 
 まずは冒頭、マクベス・エンタープライゼスの久部社長がアマラ&モコと会話をするシーン。自分は彼らの上司ではなく親代わりだと思っている、とまあ明らかに嘘と分かる発言をしているのだけど、直後に挟まれるGlobe内での会話シーンでは西久保が『上司と部下』の関係性を強調しながらもその内実はツバキも交えた親と子のやり取りをアカリと交わしてるんだよね。
 久部社長と西久保の逆説的な対比描写からして面白いのだけど、久部社長と遊星歯車装置たちの会話がおべんちゃらと美辞麗句を並べただけの、そこにまったく本意のない無機質な会話であるのに対して、西久保らが交わすそれは分かりやすくリタさんが言ってくれたように公私混同した、事務的な体を繕いながらも血の通った会話になっているのも良く出来てる。この点、西久保の情けなさが人間味を醸すための軸になっているのがなんとも言えないなあ(笑) 一方、マクベス側で唯一本音を滲ませた言動をしているヒトミちゃんのポジションもわりと重要だったりするのかもしれない。

 で、アマラたちを都合よくコントロールできているつもりの久部社長だけど、あっさりと出し抜かれていて一気に小物化。とは言ったものの、そもそも傲慢ゆえに足元を掬われるのは遊星歯車装置も同じなのよね。そもそも選民思想を持つという点で共通してる彼らは、必然的に『自信家』であることが付け入る隙になっている(現にアマラもモコも油断が原因でやられてる)という構図。
 一方で、特別な存在であるのが主人公の少年少女4人なんだけど、彼らの自己認識はひどく不安定。離婚した両親との距離を掴みかねるアカリ、道具として産み出されたハナ、キルトガングである自分と今の居場所とで板ばさみのテッペイ、そして自分の居場所を探してきたダイチ。だからこそ、彼らは必ず2人以上で協力して目の前の壁に取り組んでいくわけだ。ペンダント交換に代表されるように、確立した個としての自意識を持たない彼らは相互承認によって一から自分の居場所を手探りで築き上げていく。だからこそ次回、序盤のクライマックスとして『4人じゃないとダメ』なフェーズをぶちこんでくるはずで、今から楽しみで仕方がない。
 まあ、久部社長についてはパックの背信もアマラたちの正体も承知の上で、泳がせている可能性も否定できないと思ってるけど。

 魂の牢獄にいるという、半永久的な命を持つキルトガング。
 ずっと少年少女の姿でいられる、これはモラトリアムに固執した暁生やヘッドの成れの果てとも言えるのだけど、今はまだ味方側であるテッペイの存在が今までより先へ進む意志があることを示唆していると思う。
 テッペイが手に持ったラムネの瓶は、永遠の命である牢獄を表すとともに、儚い少年期の象徴でもあると思う。この作品は一夏の物語と銘打ってあるから、子供の持つ万能感を作劇の軸として配置しながらも、その時は永遠には続かない、一瞬のものでしかないのだという背景がある。つまり、この物語の前提条件はキルトガングの生態とは真逆なものとして設定されていて、そのジレンマに今最も近い位置にいるのがテッペイというわけで、ラムネはその二面性を表す秀逸なモチーフであるということだ。
 この辺、『もっと素晴らしい明日』というテーマにも通じてくると思うんで、意識しておきたい構図。

 そして、今回その事情が大体明かされたハナ。
 どうもアンシーを思い出さずにはいられない境遇にいた彼女で、『道具』として産み出されたという設定も『薔薇の花嫁』とか『四方の巫女』に連なる課せられた役割に抑圧された少女、といういつもの榎戸的モチーフだなー、とは思うのだけど、彼女の場合は早々にダイチによって花瓶に生けられるよりも大地に根を張って生きる花としての生き方が確立されているんだよね。解放された所で物語を終えた今までとは違って、ここでもやはり先を描いてくれるんだなーと、期待が強まるばかり。
 キルトガングに道具として産み出されたハナとは対照的に、人間に道具として産み出された人工知能パックがまた面白いポジションにいるんだけど、アイツの言葉って何一つ信用できないんだよね(笑) 嘘を申しませんと言いながら久部社長を騙してるし、遊星歯車装置に対しても従うようなことを言ってるけど、どうも胡散臭い。こっちは『個』のままで道具としての役割から脱却を果たしていると考えると、やはりハナとの対比関係にあると思いますね。というか、今回の話に限って言えばそれを意図した構成でしょうし。
 もう一つ、道具と言えば銃というモチーフが人の命を奪う覚悟を問う『道具』として強調されていた。しかし、銃を突きつける広末に対してダイチは銃(=ライブラスター)を使わずにブーメランを投げる。アースエンジンに乗った時もそうだったけど、基本的にダイチにそこまでの覚悟は備わっていない、という描写が徹底されてて、浮世離れしてる感はあってもやはりあくまで少年なんだなーと、微妙なラインが設定されてる感。
 話を戻して、ブーメランも武器と言えば武器なんだよね。近代武器である銃に対しての原始的な武器であるブーメラン、という対比もできるけどそれが何を意味するかまではまだ思い付かないのでそれに関しては保留。で、ブーメランも武器ではあるんだけどそれは人を殺すためには投げられないし、何よりダイチにとってのそれはただの道具・武器ではなく自分の特技(=個)を象徴するモチーフでもあって、それを道具としてではなく個として生きることを求めるハナを救うための手段として振るわれることで意味が重ねられていく、というシークエンスにシビレるわけだ。

 物語的にはかなりカタルシスや起伏という点ではかなり抑制されたものを感じる本作だけど、一方で錯綜する情勢や絡み合うテーマ性が水面下でどんどん積み上げられていく、そんな作劇がたまらなく面白い。
 そして次回はいよいよ溜めに溜めたこの作品の秘めるエンタメ性を解き放つ時で、Aパート終了後に予告を流すなど、公式が自信を持って仕掛けてくることの分かる構成に胸の高鳴りが収まらない。

 
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