アニメを中心に、漫画や映画、小説など創作物の感想を載せるブログです。

スポンサー広告

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

キャプテン・アース

キャプテン・アース 15話 「本当の自分」 感想

 パックは嘘を申しません。


 同時多発キスからの、三者三様の「キス」と「本当の自分」の対比、そしてハナの手に顕現したライブラスター・ブロッサム。素晴らしい回でした。

 知られたくない自分の姿を見られ、みんなの下を飛び出したハナ。そこで出会ったのは、毬村博士に裏切られ逃げ出したセツナ。二人はオルゴンエネルギーを操る力を持つ、という点で共通していて、双方共にイノセンスなキャラクターとして描かれてもいた、似た者同士。今回明かされた設定からすると、セイレーン様はキルトガングの王族で、ハナはその因子から作られた生命体という関連もある。

 一方、久部社長にアマラ・モコとキルトガングの関係性を勘付かれたパックは、意識をインストールする装置で久部社長の身体を乗っ取りにかかる。
 前回久部社長に利用価値があるって言ってたのは、ただ単に「自分にとっての」という意味だったか。人工知能としての永遠の命を捨て、有限の生命を持つ人間として生まれ変わる、というのはある意味でテッペイと同じ道を辿ってるわけだけど、その目的意識はあくまで機械のそれって感じはするなぁ。
 「あなたが悩まなくていいように」する世界、というのが彼にプログラミングされた至上命題なのか? キルトガングすら利用している節もあるし、パックについては目的が分かったようでまるで分からない。ともあれ表舞台で何をやってくれるのか楽しみです。

 
 キスで目覚める本当の自分。
 『キス』で『覚醒』と言えば白雪姫で、王子様のキスで目覚めるお姫様、と言うとウテナ文脈っぽくもなる。ただ、やはりそれぞれのキスのニュアンスは違っていて、アマラのキスは純朴な少女から自らの王を呼び覚ますためのキス。パックのキスはヒトミちゃんを自分のものにするための支配欲に満ちたキス。そしてダイチとハナのキスを想いを伝え、心を通じ合わせるためのキス。
 セツナの『本当の自分』はキルトガングの王族セイレーンで、地球の素晴らしさも風の気持ちよさも人と関わることの怖さも知っている彼女がどう振舞うのかも注目ポイント。
 パックの『本当の自分』は人間として欲望のままに振舞う自分、あるいはその人間がそうすべきだと判断したように動く自分、うーん、コイツはやっぱ読めない。
 ハナの『本当の自分』は兵器であり、おそらくはブルーメが本体である、つまりは機械の自分。彼女にはエゴブロックもないから、テッペイのように破壊してただの人間になることはできない。


 秀逸なのはダイチがキスをする流れ。
 前回は「ハナにキスしたいな」と宣言してからのキスで、これは拒絶される。なぜならこれはハナの涙の理由を知るためのキスだからで、それを知られたくないからこそハナは応じなかった。
 一方、今回ダイチは無言でいきなりキスをした。それは「知るため」のキスではない。なぜならハナが言ったようにダイチはとっくに彼女の正体に勘付いていたから。分からなかったのは彼女の涙の理由で、拒絶されたことでそれが彼女自身が嫌う『本当の自分』に拠るものだと理解したのだ。だからこそ今度は、再び夜の浜辺で、そんな彼女を肯定する自分の気持ちを「伝える」ためのキスをしたわけだ。
 この一連の流れ、最低限のセリフと描写で構成されていて本当に美しい。

 そしてここからの、アマラとモコ強襲によるハナの覚醒シーンがさらに話をかけて素晴らしい。
 ライブラスター・ブロッサム自体は物語開始当初から存在していて、けれどもそれを撃つために作られたハナはそれを撃てずにいた。それもそのはずで、ライブラスターは決断によって生み出される希望の象徴で、キルトガングたちがただの兵器・道具として利用しようとしても機能しないのは必然。
 ハナは誰かの呼ぶ声、つまりは今日よりも素晴らしい明日=希望、を求めてキルトガングの下を逃げ出し、地球へ辿りついた。このことから見ても、ライブラスター顕現の要件を満たしているようにも思えるが、ただひとつ彼女に足りなかったののはそれを撃つ意志だ。
 この辺が彼女の『本当の自分』への忌避感にも繋がっていて、ライブラスターを撃つために産み出された兵器である自己のアイデンティティを追認してしまうのが怖かったのではないだろうか。求められた役割を、道具としての機能を果たしてしまうことで、ダイチたちとは決定的に違う存在なのだということを実感せざるを得なくなる。「気持ち悪くないの?」と言うセリフから、ブルーメの力を行使したあとに逃げ出した彼女の心理を類推するとこんな感じなんじゃないかと。
 
 しかし忘れてはいけないのは、ライブラスターは道具ではなく自らの身体の延長線上にある、意志の力を具現化したものだということだ。ライブラスターを撃つ役割を課せられた彼女だが、ライブラスターを撃つためには課せられた役割からの脱却を果たさねばならないという、設定の上に作られた緻密な矛盾構造。キルトガングから「お姫様」と呼ばれるハナは、まさに彼らの望みどおりに振舞うことを求められた『薔薇の花嫁』に連なる存在であり、その在り方を自らの意志で再定義することで彼女は『ブルーメの姫』から『ミッドサマーズナイツの戦闘員』として革命を果たしたのである。
 それを支えたのは『本当の自分』を肯定してくれたダイチであり、仲間たちへの強い想い。仲間を傷付けられたことへの怒りが彼女の意志を明確にし、その手にライブラスターを構える。意志のままに動き敵を逃さず穿つオルゴンビームの描写は阿部慎吾さんぽいキレのある作画も相まって凄まじいカタルシスだった。

 本当にこの作品は「手の中に」という演出が徹底されていて、強く握ったハナの拳の中にライブラスターの光が生まれるシーンもそうだし、久部社長の身体を乗っ取ったパックが自らの手を動かすシーンもそう。パックはまさに人間としての身体を掌握し、そして欲望のままにヒトミちゃんを手にしたわけだ。
 丁寧に丁寧に、幾重にも積み重ねられていく描写が徐々に作品テーマを熟成させていくかのような作劇。今回は今までの対比構造やキャラクターの関係性がクライマックスで一気に昇華された感があって、最高に面白かった。

関連記事
スポンサーサイト
Comment
Trackback
Trackback URL
Comment form













管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

ぽんず

Author:ぽんず
私は好きにした、君らも好きにしろ

アニバタ Vol.6アニバタ Vol.9に寄稿しました。よろしくです。


このブログについて

※感想記事はネタバレがデフォです。

当ブログはリンクフリーです。お気軽にどうぞ!
現在相互リンク募集中


twitter
検索フォーム
ランキング
にほんブログ村 アニメブログ アニメ感想へ

アクセス解析
外為どっとコムの特徴
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。