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キャプテン・アース

キャプテン・アース 17話 「真夏の騎士たち」 感想

 まとめるのを放棄しました。手に負えるかこんなもん!


 待ってましたの金子伸吾さん絵コンテ!
 女の子のボディを正面から見せるハナとアカリのカットが特徴的。
 構図で言えば、キャラクターが3人並んでいるカットが多く、それが今回のエピソードでの重要なファクターになっていたような気がしないでもない。

 ブルーメが起動したことでいよいよ計画実行に乗り出した箱舟派の切り札(笑)の一つ、無人インパクター『ケルベロス』からして、三つの頭を持つ地獄の番犬、つまりは三位一体のモチーフ。
 今回はハナが天海道に残ったことで、ミッドサマーズナイツは『3人』。ハナはというとオペ子と『3人』でプールで泳ぎ談笑中。一方のキルトガングは、相変わらず協調性がなくセツナの下にはアマラモコジンの『3人』だけが集っていた。ついでにマクベスエンタープライゼスでは、久部パックがヒトミちゃんとエレベーターに乗っているところ、途中で社員の女の子が乗り合わせ意味深な目線を交わす。ここでも『3人』並んだ構図ね。この短いながらも緊張感のあるワンシーンはさすがと言ったところ。

 さらに言えば、今回のバトルシークエンスでは2対2に見せかけて実質的には3体3の構図が取られている。セツナのカプセルが2本しかなくて、アマラを残して進撃するモールキンとジンバルドには同じくミッドサマーズナイツに敵対する勢力の兵器『ケルベロス』が付くわけだ。そして2機で出撃したダイチとテッペイの危機を救ったのは、3人目の真夏の騎士・魔法少女アカリちゃん。今回の戦いはコントロールを奪い奪われという構図が主軸なっていて、これがまた作品を通じての一つの重要な要素であるのだけど、それはちょっと置いておく。


 さて、徹底して『3人』という構図が用いられた今回、ミッドサマーズナイツと遊星歯車装置の双方で「チーム」という言葉が強調される。
 だが、「チームワーク」という言葉を口にするアマラに冷笑的な反応を返すジン。キルトガングにはもともと協力意識がなかったのだろうか、他の面子も非協力的だし。特にジンは、人間時代に友人に裏切られた過去があるからなぁ。こういう背景があるから、コイントスで「仲間にイカサマをするわけない」という言葉も逆の意味で聞こえてくるんだよね。彼らには信頼関係はおそらくない。
 ただ、それでもジンだけはアマラとモコに一番良く付き合ってるんだよな。それもまた、人間時代に失って、だからこそ焦がれる『何か』をそこに見出してるからじゃないかと思う。
 アマラに対しての「地球人の影響を受けているんじゃないか」という指摘は、どちらかというとアマラ以外のメンバーにこそ当てはまる。キルトガングに覚醒しても、人間時代の記憶は失わない。アイはそれなりにアイドル活動を楽しんでいるようだし、リンも追い求めるものは変わらない。バクは破壊・破滅願望に目覚め、セツナはまだ戸惑っている。テッペイは言わずもがなその最たるものだ。
 モコもアマラと同様の思考の下に行動しているように見えるけど、デザイナーズチャイルド時代の経験があったからこそアマラに依存しているだけにも思えるんだよな。だから、彼女は素直に地球人の『風』という表現に反応を示す。
 「有限の存在だから破滅願望に目覚める」というのは一面の真実で、アマラが妄信する「永遠の存在こそ完璧な人類」という思想の背景にもなってるんだけど、だからこそセツナのいうように「自分たちもかつては限りある存在」だったからこそそのアイデンティティに揺らいでいるわけだ。破滅願望をエネルギーとして起動するキルトガングと、明日への希望をエネルギーに変換して放つライブラスターとで明確な対比構造になっているんだけど、遊星歯車装置の内実は徐々に人間側に侵食されていっている、と言えるかもしれない。自分たちに起こり始めている『変化』に最も振り回されているのが、一番純粋にキルトガングの思想を体現しているであろうアマラで、「永遠を志向するからこそ『変化』を認識・許容できない」というこれまた徹底的な逆説の打ち方には感心するわ。『永遠』と『変化』の対立軸といえば、日常モノにも通ずるものがあると思うけどそれはまた別の話。

 で、もう一方のチームであるミッドサマーズナイツなんだけど、彼らには信頼があるのね。それを最もストレートに言葉で表現するのはただ一人その場にいないハナで、「チームだから」可能性を確信に変えられる。今回改めて強調されたダイチとテッペイのブルースター取り合いゲームだけど、何度も言うようにそれは互いの決断や行動を承認し賞賛するためのやり取りで、そこに彼らの強さがある。で、それを初めて知ったアカリが戦闘終了後に「ほめてほめて」と言うのは明らかに彼らのやり取りに影響を受けている。
 今回位置関係的にひとり離れた位置にいたのはハナだけど、ライブラスターを撃てない&ロボットに乗っていないという意味でノケモノなのはアカリで、でも彼女には彼女の武器である『魔法』があるから、それを駆使して彼女もチームに貢献できる、だから彼らの承認ゲームに参加できるのだと示したわけですね。
 ただ、ライブラスター組の活躍が基本的に彼らの決断・変化によって為されるものであるのに対して、アカリのそれは既にあるスキルを駆使したものでしかなくて、その辺が彼女がまだライブラスターを獲得できないでいる理由になっているんじゃないかと思う。アカリはその気になれば地球人類の滅亡をベットできる、というのはクミコやキルトガングに近い破滅願望寄りの思考回路を持っていて、頑なに低軌道インパクターの出撃(おそらくは地上に多大な被害がでる)を避けようとする西久保らの在り方とも一線を画していて、力の性質が違うことといい、危うい立ち位置にいる。だからこそ魅力的なわけですが。
 話を戻すと、『未来への希望=今日より素晴らしい明日』を求め続ける彼らの姿勢は、言い換えれば明日を経る毎に日々を素晴らしく変化させていく、というような意味を持ち、キルトガングの永遠という名の停滞と対極にある。この思想的対立構図が、今回のような『チーム』の対比もそうだけど、彼らの在り方によって表現されているのが素晴らしい。


 対比と言えば、有人インパクターを時代遅れと評して無人インパクターを持ち出してきた箱舟派との対比もある。無人インパクター『ケルベロス』はモールキンにあっさりとコントロールを奪われるわけだけど、キルトガングに対抗し得るのは一貫して人の心の動きとその在り様によって生まれる力だ。そしてそれは、遊星歯車装置のメンバーを内部からも蝕んでいる、という構図になっている。
 いくら性能を上げようとも、心がなければキルトガングには勝てない。そもそもが、キルトガングのスペックはエンジンシリーズを含めたインパクターよりも高いんだよね。宇宙での戦いは決まって劣勢。そしてそこから勝利をもぎ取るには何らかの+αが必要なわけだ。それは各キャラクターの決断であったり、ライブラスターの力だったりするわけだけど、今回勝負を決めたアカリの働きはやはり特殊だ。
 キルトガングのコントロールを奪う、というのは有機体としての精神性を持ちながらも、そのガワは無機物であるロボットである、という彼らの特異性の隙を突いた攻撃魔法。生物でありながら機械であるキルトガングとは対照的な存在として、人間の身体を奪った人工知能パックがいて、今回の決着シークエンスはパックがキルトガングの制御に干渉できる可能性があることすら示唆してるんだよな。
 そして、おそらくは宇宙船が本体でありながら人の心を持ち人に恋をしたハナがいる。こうして見ると、境界が曖昧になりつつある『人間/機械』の闘争という構図が浮かび上がってきていて、その辺が有限/無限のエネルギーという対立構造とも有機的に結び付いてきてる。今回コントロールの奪い合いという形でそれが描かれたことで、色々見えてきた感があるなー。
 人と機械の境界が曖昧、不可分になりつつあるからこそ、テッペイやハナのように自らの決断によって『本当の自分』を確立する。設定によって可視化される多面的な自己が『どう在るべきか』を自分で決める物語。エゴブロックは自意識が盲目的な優越感や厭世的な破滅願望によって肥大化され固められたキルトガングの本体で、それは己の意志でしか破壊できないという設定。強制的に覚醒させられ、自分自身の決断によって自らの在り方を選び取っていない彼らには明日への希望は生まれない。永遠に前に進まない、まさに魂の牢獄なわけだ。



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