アニメを中心に、漫画や映画、小説など創作物の感想を載せるブログです。

スポンサー広告

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

俺ガイル

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 11巻 感想

 10巻の感想まだ書いてないけどまあいいや。


 2月ということでついにきました例のあの日。
 このバレンタインイベントというのが、これまた色々なものを象徴していましてですね。
 
 奉仕部の当人たちが言っていたように、お菓子作りという点において、これは最初の依頼、すなわち結衣がやってきて、彼らが3人になった始まりの時を連想させるもの。
 あの頃と違うのは、彼らの周りには人が溢れていること。これまで彼らがその奉仕活動を通じて出会い、交流を果たしてきた人々が全員ではないにせよ一堂に集まって、それが時の流れを実感させる。
 ある意味で、それまでの部活動の集大成。

 そこでは八幡がいつものように自らを孤独に陥れることもなく、それどころか良い意味で自由に動き回り自然にその空間に溶け込んでいたように思える。
 誰も傷付かない、優しい世界。みんなハッピー、楽しいね。
 あの八幡すらそう零してしまうほどに。
 だから、こんな青春ラブコメはまちがっている。

 あまりにも作為的なお祭りイベントは、だからこその強烈な違和感を覚えさせる。
 この暖かな空間は作り物でしかないのだと、そう突き付けるのはやはり雪乃下陽乃。

 だが最も端的に真理を突いたのは葉山だと思う。
「これならみんな……、みんな自然に振舞える」
 よく考えたなと、皮肉なのかもよく分からない台詞。
 だけど、確かにこの空間を的確に表しているのだ。

 バレンタインデーは、チョコを通じて想いを伝える特別な日。
 だけど、それぞれが素直に渡し受け取るには複雑な事情と感情がある。
 それは甘い甘いチョコレートでコーティングされた。
 彼らは理由を得た。底にある想いに互いに気付きながら、それに触れずに済む建前を、自己満足の許しを。
 誰もが無意識に共犯者となり、未来から目を逸らして幸福な今を享受する。
 そんなものが本物であるものかと、陽乃さんは問いかける。
 こんなものが比企谷八幡なのかと、彼は自問自答する。

 その証拠に、甘い時間が終わった途端彼らは臆病になる。
 現実からは目を逸らせない。
 どうしても踏み出せない雪乃の、かばんの中の隠し事。
 それを後押しする結衣の心中にはどれほどのジレンマがあるのかは、想像を絶するほどだ。
 彼らは変わってしまったことを、そしてこれから変わらずにはいられないことを知っていながら、それでも互いが考えるいつもどおりを振舞い、いままでどおりを演出しようとするのだ。
 それは、かつて凍りついたあの部室とはまた違う、情に流れたがゆえの生温い切実さを感じさせる。

 だが、そんな想いも虚しく、時は移ろい、季節は流れる。
 デジャヴに耽溺する彼らに突如降りかかるのは、雪乃下家の問題。
 ここで問われるのはやはり、雪乃の生き方。
 陽乃さんの後を追わなくなった雪乃。
 だけど、それだけのことでしかないと葉山は言った。
 理解してくれる近しい人に縋る雪乃の姿は、あまりにも幼く、弱い。
 ママのんが言う、「あなたらしく自由に生きてほしい」という言葉は、当然自分の思い通りの雪乃として、型に嵌まっていろということでしかないだろう。
 人形のように微笑むこと以外は求められず、求めることも許されなかった彼女には、本当の意味での主体性がない。
 自分の意志で決めたことなどない。
 だから、「自分がない」のだ。

 そんな彼女を守るのは結衣と八幡。
 二人の心遣いは真に雪乃を想ってのことだろう。だけど、それが彼女のためになるとは限らない。
 欲しいものと、望まれるもの。
 結衣は逃げ場を、八幡は逃げ口上を、それぞれ雪乃に用意する。
 だけどそんなことは陽乃さんにはお見通しだ。
 八幡が用意した理由をそのまま口にする雪乃は、言われたことに従うお人形と何が違うのだろう。
 彼女を庇護するその姿は、「君は優しいね」という皮肉にふさわしい。

 その場を逃れることは出来ても、終わりの時が迫っているのは事実。
 だからこそ、彼女は決めた。最初に決断したのは、由比ヶ浜結衣だ。
 八幡との約束、デートの権利を彼女は3人での時間に使った。
 それは身を引くことを意味するのではなく、3人の問題にケリを着けるのに必要なこと。
 終わりを見据えなお楽しむ彼らの様子は、愛しさと切なさに満ち溢れていて、それだけで泣きそうになるのだけど、雪乃と結衣がやっぱり八幡との関係を意識していて、それぞれが譲り合うような駆け引きに胸が締め付けられる。
 それでも、あの日見た花火を3人で見られて良かったと、3人で向かえる夏はきっとこないのだと、そう告げる結衣が現実を見据え、決断した事実が胸を打つのだ。
 
 悲しい事も、楽しい事も、つらい事も、嬉しい事も、全部そこにあったエブリデイワールドのように、観覧車は回る。
 だけど、ぐるぐる回っている時間にも、必ず終わりがやってくる。
 愛おしい空間にさよならを告げるように、結衣はついに「あたしたちの問題」に踏み出した。
 彼女が差し出したのは、雪乃の助けを得ずに、だけど奉仕部の中で色々なものに触れて、魚の獲り方を教わって自分一人の力で作ったクッキー。最初の依頼で、本当の理由を言えず嘘を吐いて渡したそれを、あらためて「あの日のお礼」だと八幡に渡した結衣。
 それだけで、彼女が本当の意味で一人で生きていける人間なのだと証明されたような気がする。
 そしてだからこそ、強引なやり方で、すべてを手に入れるために、雪乃を自分たちが助けるのだとそう宣言する結衣の提案を、八幡は拒否する。
 誰かと生きていくためには、一人で生きられなければいけないから。
 奉仕部は魚の獲り方を教えるのが理念だから。
 だから、雪乃は自分で自分の問題を解決しなければならない。
 ちゃんと苦しんで、あがいて、そうでなければ本物ではない。

 欲しいものを手に入れるためには、まず壊さなければならない。
 そして、もうすぐ四季は巡り、出会いの季節がやってくる。
 物語は佳境。雪は融け、春がやってくる。
 そこにアザレアが咲くといいな。




関連記事
スポンサーサイト
Comment
Trackback
Trackback URL
Comment form













管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Author:ぽんず
私は好きにした、君らも好きにしろ

アニバタ Vol.6アニバタ Vol.9に寄稿しました。よろしくです。


このブログについて

※感想記事はネタバレがデフォです。

当ブログはリンクフリーです。お気軽にどうぞ!
現在相互リンク募集中


twitter
検索フォーム
ランキング
にほんブログ村 アニメブログ アニメ感想へ

アクセス解析
外為どっとコムの特徴
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。