アニメを中心に、漫画や映画、小説など創作物の感想を載せるブログです。

The Princess of Tennis

テニプリンセス 感想 天上に至る道で

 青学VS聖ブラウニー、決着。


 ついに始まった全国大会、その1回戦。
 様相はまさに最初からクライマックス、激闘と共に交差し絡みあう熱い少女たちのドラマが描かれます。
 青学と聖ブラウニー、メンバーが集まらずに不遇の状況下にあった選手たちが、ここで新たな仲間たちに恵まれ一丸となって全国制覇を目指す。
 どこか似通った境遇にある二校のぶつかり合いは、本作における試合のテーゼのひとつ、「自分自身と試合をする」という構造を突き詰めたかのような、鏡合わせの構図によってただひたすらに熱量を上げていく。
 対比と反復、それこそが物語にダイナミズムを産む。
 描かれたテーマとは何か、自分なりに考えてきたことを全力で解き放ちたいと思います。

 まずダブルス2、フェイフェイ&茜ペアVS千鶴&たまちゃんペア。
 この2組は分かりやすくどちらも頭脳派と脳筋のコンビで、いかにフェイフェイと千鶴が互いに裏を読み合っていかに相棒を活かすか、というどこか似た者同士の駆け引きが描かれる。
 で、ここで描かれる『道』というキーワード。たまちゃんはかつて挫折してしまった剣道を、今テニスという別の舞台に昇華して活かしている。転じて、それがかつて水野翠の弓道に感銘を受けたフェイフェイが、他者の在り様を貪欲に吸収していく己のやり方を以って、千鶴の書道をラーニングする。そして、有り余る情熱を持ってスポンジのように技術を吸収していく茜ちゃんが若葉から教わった「縮地法」でフィニッシュを決めるという流れ。


 続くダブルス1。
 今度は一転似ても似つかないペア同士の試合。なんだけど、実はこれ、「鉄壁を誇る軍曹&きりのんペアの陣地防御を晶葉&ウサミンペアが形振り構わぬ一点突破と思考の瞬発力によって打ち破り、陣形を変えて猛攻に転じたブラウニー側を今度は青学側が陣地防御で凌ぎきる」、という試合展開で鏡を模した作劇なんだよね。
 堅実ながらも絶対の信頼と自信に裏打ちされたブラウニーダブルス1の完成度。そしてネット際の競り合いを制する集中力と、一瞬の判断を的確に決める思考の瞬発力、ウサウサペアが特訓編で培ったものを全力でぶつけていく試合展開。
 ダブルス戦では個人的に現時点でのベストバウトです。

 シングルス3では、これまで何度も重要な試合での敗北を喫し続けてきたかな子が、敗者の覚悟を以って排水の陣に向かう美穂の前に立ち塞がる様が描かれます。
 負けたくない、みんなの役に立ちたい。必死に食らい付く美穂の想いは関東大会までのかな子そのもの。すなわち、かな子が相手にしているのは鏡に映る過去の自分というわけです。まさに自分との戦い。だからこそ、美穂の考えが痛いほどに分かるかな子が、その上で「勝つしかないまで持っていく」凛の教えを以って着実に美穂の勝機を摘み取ります。
 勝つということ、その覚悟が、他者の想いを踏み台に先へ進んでいくことなのだと、誰よりも実感できるからこそ、念願の勝利にも笑顔は浮かばない。
「勝ったよ」という、言葉の重みを表したラストの表情は圧巻です。


 さてさて。恐ろしいのは、勝敗が既に決した、残る2試合、それこそが聖ブラウニー戦の本領であるということ。
 互いの進退が決まった、その先だからこそ、描けるものがある。全国は勝敗に関わらず5試合すべてがのべつ幕無しに行われる、という設定を聞いてから期待はしていましたが、初っ端からやってくれるとは思っていませんでした。ハリアーPは最高だぜ。
 もう先に進むことは出来ない、意志一つの戦い。消化試合だ、意味が無いと言われてもおかしくないこの場面で、誰に何を言われても自分だけの価値を信じ続けた神崎蘭子が満を持して見参する、盛り上がらないわけのないストーリー展開。
 この試合は、本当に神崎蘭子というキャラクターをここまで二次創作に落とし込んだ作品はないのでは、と思えるほど落とし込みが完璧で、ハリアーPの技量に感服するしかないのです。

 他人とは違う個性、そして中二病という蘭子の特徴を最大限に活かした「逆手持ち」というスタイル。それを可能にする右肩の無我が、まるで片翼の羽根のように描かれ、堕天使を模した彼女の世界観に寄り添ったものになっています。
 それに加えて、テニスボールを黄金の星、すなわち金星に喩えることで「明けの明星」、すなわち堕天使の長たるルシファーに接続され、蘭子が目指すに相応しい道に誂えた上で、同郷の小日向美穂を「瞳を持つ者」に設定することで、太陽があって初めて輝ける月に自身をなぞらえ、アニメにおけるグリモワールの記述に絡めつつ原作テニプリの代表的な技の一つである「ポール回し」を華麗に決める。一連のシーケンスの美しさは作中屈指の出来で、125話は話数単体で言えば過去最高の完成度に思えます。
 ミラーマッチという観点から見ても、蘭子と美穂の関係性が卯月とかな子のそれに連なることは反復的な演出から見ても明らかでしょう。

 しかしながら、凄いのはむしろここから。
 白熱する蘭子との試合に、卯月が覚えた感情はある種の喜び。
 ここに、「進退の決まった後の試合に何があるか」の答えがある。それはすなわち『出会い』です。試合とは出会いであると、抽選会に登場したのあさんの言葉がここで活きる。
 同じ世代、同じ実力の好敵手に巡り会えた、その瞬間がこの試合で描かれる。自分を真っ直ぐに見て、全力で競い合える相手。
 ここで再び、神崎蘭子のキャラクターが活きる。他者と違う価値観・世界観を持っているために、周囲から奇異の目で見られ続けた蘭子。彼女を認めてくれる「瞳を持つ者」は、当初は美穂ひとりしかいなかった。
 それが、自分の信じる道を征き実力を磨いていくことで、聖ブラウニーのレギュラーとして認められ、そして今、全国の舞台でトップ選手を含めたギャラリーの度肝を抜く。目の前には、この先もきっと競い合える、かけがえのないライバル。
 天上に至る道へ。黄金の星を追い求め、ただ真剣に上を目指す。その過程で、彼女を揶揄する声は減り、代わりに瞳を持つ者が増えていく。なぜなら、上のステージに行けば行くほど、そこには彼女と同じ天上を目指す者が増えていくから。
 勝ち進めば進むほど、世界が広がり、そこで初めて出会う選手は敵にして同士。天上に至る道で、もう彼女を後ろ指で指す者は誰もいない。
「来年もまた」、「次は必ず」、そう言える相手に出会えたから、彼女はまた強くなれる。

 
 このシングルス2のエピソードは、テーマをそのままにシングルス1へと繋がる。
 蘭子が辿った軌跡は、実は加蓮がかつて通った道なんですよね。
 中学のテニス部で凛・奈緒と出会い、本気でテニスに臨むようになった加蓮は、しかし全国大会で敗北を喫し、自分という存在の矮小さを思い知ります。友、仲間、ライバルと、強くなればなるほど、世界が開ける。
 その感覚はある種の連帯感を伴って、世代という括りを以ってゆるやかに共有されることになる。黄金世代とでも言うべき、3年生たちの相互的な言及の多さは、解説や伏線という形を経て、それを如実に表わしてきた。
 そして氷河期世代と言われる1年生最強の選手と言われながらも、加蓮の過去回想において現3年生に混じってその存在が描かれた岡崎泰葉が、それ故に「未だ」どこにも属さない特殊な立ち位置に置かれていることが示される。
 だからこそ、両者のテニスをする理由における明確な対比構造以上に、加蓮と泰葉のマッチアップには聖ブラウニー戦を締め括るに相応しい意味があるのだと思います。

 鏡合わせがテーマの両校の試合、その最後の最後、右腕と左腕に無我を持つ2人が向かい合った構図は実に象徴的。
 試合展開の寓意性も秀逸で、超絶技巧『絡繰』によって加蓮の打球を操り、打開しようと足掻くものなら一撃必殺の『氷剣』を叩き込む隙の無いスタイルで戦う泰葉。そこで加蓮はフレームを使ったショットで『絡繰』を破り、生まれた隙に一撃必殺『白火』をぶち込む。
 冷静に相手をコントロールする泰葉を加蓮がその苛烈さを以って打ち破る。打つか打たれるか、千術による強引なまでの戦術で無理矢理に鏡合わせのパターンを生み出す加蓮という構図。
 しかし『白火』は腕に大きな負担を伴う大技。ここにきて早苗さんはもう一つの「進退が決まった後の試合だからこそ描けること」を提示する。
 もう次へ進めるのだから、次を進むために今腕を酷使すべきではない。そのあまりにも正論過ぎる説得は、しかし全力でテニスをすることで他者との繋がりを感じてきた加蓮の二律背反を呼び起こす。
 どんな試合でも全力でやること、次を見据えて余力を残すこと。自分の意志を取るか、チームの今後を取るか。
 これが最後でないのなら、これからを戦い抜くためには。個人の正義とは別の、選手としての正しさを泰葉は冷静に説く。それはひとえに、彼女がプロ選手であった父にずっとテニスを教わってきたからでもあり、あるいは選手がいつまで現役でいられるか分からないということを、誰よりも良く知っているからかもしれない。
 周囲が正しいと述べる、それが自分でも理解っていながらも、それでも魂の赴くままに加蓮は『白火』を放つ。
 理屈を感情でねじ伏せる、そんな様を「間違っている」と断じる泰葉。しかしそんな加蓮を見て、彼女は冷静ではいられない。なぜなら、度し難いその加蓮の愚かでさえある行為にこそ、彼女に足りなかった、ずっと追い求めてきた「何か」の正体があるから。

 鏡写しがテーマのエピソード、そのクライマックスにて描かれるのは、泰葉が対戦相手の姿を見て自分自身の願いを見出し、その感情をむき出しにしていく様。
 蘭子がその特異さ故に周囲に馴染めなかったように、泰葉もその強さ故にチームにありながらチームの一員とは見做されなかった。そして蘭子とは違い、泰葉はひとりだった。
 回想される中学時代。図らずも先輩たちの想いを踏みにじる形で出場した全国大会、仲間だからではなく、ただその強さのみでレギュラーになった泰葉には、勝つこと以外に「そこにいる理由」を示す手段はなかった。そして立ち塞がった『狐火』の前に、彼女は敗れ去った。
 
 過去から現在へ、回想の流れそのままに、「私はここで負けられないんだ」と加蓮と泰葉の想いがシンクロする。でも、今は違うんだ。勝つことでここにいられる資格を得るんじゃない、ここが自分の居場所だからこそ負けられないんだ。自分が自分であるために全力でぶつかる姿勢を崩さない加蓮は、誰よりもそれが分かってる。
 「そこでテニスをする理由」。自分にはないのだと思っていたもの。それをいつの間にか手にしていたことを、後ろから響く声が教えてくれた。泰葉の気付きのシークエンスが白眉。

udukanateni.jpgmihoranteni.jpgyasuhateni.jpg

 コマ割りからしてかな子と蘭子の反復・対比なんだけど、前の2人とは違って泰葉自身の独白ではなく観戦する新田さんが代弁する形でそれを告げる演出が神掛かってます。泰葉、これ自覚を持つ前に身体が動いているよね。なぜなら、リードしていて長期戦になればなるほど有利になる以上、「白火」を返すなんて無茶を試みる合理的理由はないからです。これまで泰葉が冷静に試合を進めてきたのなら尚更。内なる衝動に突き動かされたかのような、躍動感に溢れる決めゴマで全てを表現しているのが素晴らしい。

 決死の覚悟を見せた加蓮の全力は、またしても届かない。実力を十分に発揮するためには心の強さが必要不可欠、だけど想いだけでは勝てない。このバランスが徹底されているからこそ、本作には一定のリアリティラインが保たれているのですね。
 そこにどんな想いがあろうと、勝ちは勝ちで負けは負け。加蓮は敗北し青学は勝利した、泰葉は勝利し聖ブラウニーは敗退した。勝敗は揺るがない、だからこそそれぞれの胸に生まれる想いがある。それもまた事実なのですね。
 最後の最後で「そこでテニスをする理由」を見出した泰葉。進退の決まった試合で、多大なリスクを負いながら、それでも全力で試合に臨む加蓮が相手じゃなければきっとその実感は得られないままだった。
 中学時代、泰葉が居場所を見付けられなかったのはそこが全国を目指すような部活じゃなかったからで、聖ブラウニーは全国を制するために木場さんが部員を募った学校。真剣に全力でテニスに臨む人たちだからこそ、泰葉は仲間として受け入れられた。天上へ至る道へ、泰葉のエピソードはちゃんと直前の蘭子のエピソードの発展形になっていて、確かな構成力を感じます。
「来年こそは」と聖ブラウニーに残る意志を告げた時、宙ぶらりんだった泰葉の立ち位置は確立されて、本当の意味で氷河期の世代の一員になる。たったそれだけの物語。最高でした。

 これから始まる1年生世代の話が描かれることで、卯月と蘭子の試合を見ていた未央の表情が象徴するように、終わりを見据えている3年生世代の話も引き立つんだけど、それはまた別の機会に。
 次は本作における価値観の多様性に突っ込む記事を書きたいんですが、これがまた、難しい問題だわ......。

関連記事
スポンサーサイト
Comment
Trackback
Trackback URL
Comment form













管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

ぽんず

Author:ぽんず
私は好きにした、君らも好きにしろ

アニバタ Vol.6アニバタ Vol.9に寄稿しました。よろしくです。


このブログについて

※感想記事はネタバレがデフォです。

当ブログはリンクフリーです。お気軽にどうぞ!
現在相互リンク募集中


twitter
検索フォーム
ランキング
にほんブログ村 アニメブログ アニメ感想へ

アクセス解析
外為どっとコムの特徴
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ