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漫画

君に届け 26巻 感想 胡桃沢梅という女

 敵からライバルへ、そして――。


 まず初めに告白しますが、2010年からおよそ6年に渡り、あらゆる創作物の中で私が最も好きなヒロインの座に君臨し続けているのが、この作品が産みだした最高にいい女である所の胡桃沢梅ちゃんになります。ちなみに北条加蓮ちゃんは最も好きな『アイドル』です。
 だので、彼女が完全に失恋をして新たな人生を歩みだした、アニメで描かれた所までのストーリーで私の中の『君に届け』は終わっていて、でもたまに梅ちゃんの出番があるし、やのちんの話には興味があったので半ば惰性で新刊に手を伸ばし続けました(漫喫で)。
 そのはず、だったのに、何故だか最近の展開で爽子と梅ちゃんの仲が急接近し一気にマブダチルートへ。主人公の爽子の中で梅ちゃんの存在が大きくなっていくのは、そして何よりも梅ちゃんの魅力的な表情がたくさん見れるのは嬉しい、嬉しいのだけど、複雑な想いがあったのも事実。
 私は主人公に対する当て馬ヒロインという少女漫画上の役割を振られつつも、その意志の強さで醜い自分の性(さが)と向き合いながら孤高で在り続けた彼女が、ライバルとして爽子の尻を叩き認め認められの関係を築いて、その役割から脱却するほどの確かな人格を確立した姿に心を惹かれたのです。
 だから、好きな人と恋敵の顛末を見届けて、自分の恋心に決着を付けた彼女は、物語に縛られない一個の人格を持った、最高に素敵な女性になって、自分だけの物語を歩んでいく。そう確信できるから、もう爽子の人生に関わらなくても、つまりは本編に絡まない方が美しい、それが私の理想です。今でもその気持は変わらない。
 
 でも、そうはならなかった。それが現実。
 そこを認めた上で、爽子とのマブダチルートに失望したかというと、全然そんな事は無く、私の理想たる「孤高の胡桃沢梅」ではなく、「ひとりじゃない胡桃沢梅」が現実としてそこにいました。
 梅ちゃんは、好きな人に好かれたい、嫌われたくない一心で仮面を貼り付け、「とてもかわいい少女」を演じ続けてきました。本当の彼女の魅力はそんなキャラ付けなどでは到底及びもつかないものなのですが、悲しいかな、その本質はきっと風早の心の奥底へは届かない。
「こんな自分を好きになるわけがない」という確信を以ってなお、自分が誰よりも「かわいい」ではなく「風早を好き」だという自負、ただそれだけであらゆる手段で他者を牽制・排除しつつ、健気にアプローチを続けた梅ちゃん。
 風早を誰よりも見続けてきたからこそ、彼の視線の先に自分じゃない誰かがいる事も、その誰かさんが醜い自分とは真逆のピュアな心を持っていることも分かっている。因果応報で思いがけない状況に置かれた彼女は、フラれることが分かっていて、それでもただその想いだけは間違われたくない、それだけを伝えるために告白に踏み切った。君に届け、と。
 その想いは受け入れられることはなかった。ただ届いた、それだけ。

 余談ですが、フラれた次の日に梅ちゃんが涙で腫れた目元を隠すためにサングラスを掛けて登校する場面は、数多あるメガネ描写の中でもトップレベルに好きです。なぜなら、本来であればその本心を隠すために使われるようなサングラスというモチーフが、今まで彼女が積み上げてきたブランドイメージを一発で突き崩す形で使われていて、むしろその本性を曝け出す演出効果を発揮しているからです。「ライバル、でしょ」と爽子に答えるその、振り返りながらの屈託のない表情に、胡桃沢梅のすべてが詰まっている名シーン。中村章子~~!
 脱線しまくりですが、次から次へと言葉が溢れてくるのだから仕方がない。とにかく、元々風早のために被ってきた仮面なので、フラれた以上はもう必要ない、と言わんばかりに潔くカッコ良く素の表情を晒します。
 それはそれで、と言う周りのモブ男子には「意外と分かってるじゃないか」と感心するところでありますが、重要なのは彼女が中々前に進まない爽子にやきもきしてちょっかいかけつつも、基本的には馴れ合わなかったこと。この時期の彼女が一番私の理想に近くて、その生き様が存分に描かれたアニメ2期は非常に満足のいく出来でした。あれ、0話に梅ちゃん視点の総集編を持ってくることで、梅ちゃんに始まり梅ちゃんに終わる、彼女のための物語として再構成されてるんですよね。グッジョブです。2011年話数単位10選を選ぶとしたら、迷いなくあの0話を選出します。
 

 女友達と一緒にいるシーンが随所に挟まれつつも、基本的に彼女は孤独だったと思います。本当は誰よりも自分の弱さを知っていて、だからこそ風早や爽子のような「自分とは真逆」の人々に惹かれずにはいられない。そのコンプレックスを推進力に変えてきた彼女の本当の強さに、ただ習性で群れているだけの連中が気付けるわけがない。それを理解できるのは、アンバランスに成熟したやのちんと、空気読めるんだか読めないんだか分からないケントと、そして彼女の悪意も想いもエールも、ライバルという「初めて」も受け取った爽子しかいない。
 本当の自分に対するコンプレックスがあるから、「認められたい」という強い想いがある梅ちゃん。きっとひとりでも、理解者が近くにいなくても彼女なら乗り越えられたと、そういう確信はある。でも、負い目はあっても慣れ合う理由はないから爽子たちとは距離を取っていたのに、偶然的必然によって、彼女たちの道は再び交わった。

 徐々に歩幅を合わせ、同じ道を歩き始めた爽子と梅ちゃん。着実に関係を深めつつも、どこか素直になりきれないのは、梅ちゃんの元々の性格もあるが、それ以上にその胸中に爽子への罪悪感を秘めていたから。
 この描写があったかこそ、私はこのルートを両手を挙げて歓迎することができました。自分の醜さから決して目を逸らさない強さがある彼女だけど、罪の清算だけはひとりでは出来ない。
 たとえ自分が赦しても、相手が赦さなければそれは為されない。
 同じ道を歩むために、友達になるために、そこを避けて通ることは絶対にしない。出来ない。
 卑怯で矮小で醜い少女だけど、「好きになった人」に対して、彼女はどこまでも真摯だから。
 彼女の罪の告白は、「一生忘れない」と口にするように自分自身が決して赦さない、爽子が赦すだろうことを分かった上で、それでも罰を受け続けるという宣言だ。
 それが本気だと、爽子は疑いなく理解しているから、いつでも「忘れていい」のだと、それだけを覚えておいてと伝える。爽子がついに自分の方から「友達なんだ」と言えた相手が、あの梅ちゃんだという事実に、私、涙を禁じ得ません。
 見たくない過去、忘れたい罪と罰の向こうにこそ、運命の果実はある。これは間違いなく、爽子と梅ちゃんだからこそ辿り着けた地平でした。

 私は百合とか百合じゃないとかそういうカテゴライズによる定義にあまり意味は見い出せず、個々の関係性が好みかどうかが全てだと思ってるので、爽子と梅ちゃんの関係性は非常に尊いと言わざるを得ないし、ぶっちゃけずっと見ていたいくらい彼女たちのやり取りには良さが溢れてます。
 支離滅裂な文章で何が言いたかったかというと、たとえ思い描いた理想とは違っても、やっぱり梅ちゃんは最高の女の子だったし、彼女を好きになって良かったということです。


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