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映画

劇場版 響け!ユーフォニアム~誓いのフィナーレ~ 感想

 久美子と麗奈の話。



 本作において、これまでのシリーズから最も大きく変わった出来事はもちろん主人公・久美子たちの進級であり、後輩ができたことである。一癖も二癖もある後輩たちをどうにかこうにか先輩として導く久美子たちの成長が見られるわけだが、塚本秀一を含めた元2年生メインキャラクターたちが後輩と交流する場面が描かれていく中で、唯一麗奈だけ後輩との絡みが見られない。1年生たちの実力と姿勢を疑問視し、奔走する久美子の愚痴を聞くだけだ。

 さて、このシリーズにおいて、純粋な実力と不純な人間関係のジレンマは繰り返し描かれていることであり、今回メインを張る久石奏もその谷間でもがき苦しむ人物として描かれた。そんな中で、すべてのしがらみを吹っ飛ばしてひたすらに高みを目指す危うさと尊さを併せ持つ存在として、高坂麗奈は変わらぬ姿勢を保ち続けている。
 そんな彼女と、えー、センシティブな関係を結ぶ久美子は対称的に、時に巻き込まれ時に首を突っ込み、複雑怪奇な人間たちのしがらみを解きほぐしていく。『人タラシ』としての頭角に磨きを掛けてきている久美子は、対人において俯瞰的な視点で距離を測りがちな自分を「嫌だな」と称する。曰く、「上手くなるのに邪魔だから」とのことだ。ここ、この映画で一番好きな場面です。
 人それぞれに色々な事情があって、悩みを抱えて、そこに貴賎はない。抱えるしがらみが音楽を好きな感情に蓋をし、前に進む意志を阻害する。その事を知っているから、久美子はそんな人たちの味方であろうとする。その原点は他でもない麗奈の存在であり、すべてを敵に回しても特別になろうとする彼女との誓いだ。
 しかし、久美子のアイデンティティがはっきりすればするほどに、ただ「上手くなりたい」という純粋な願いからは遠ざかっていく。少なくとも、麗奈はそう感じているのだと、私は考える。
 秀一との恋愛、あすか先輩への慕情、後輩たちへの継承。様々な人間関係に振り回される久美子の姿を、麗奈はずっと近くで見ていた。だからこそ、それこそが久美子の在り方であり、自分の道とは交わらないことを感じていたのではないか。

 この映画では意識的に久美子たちが1年時に体験したイベントが繰り返し描かれる。夏祭りでの一幕は、明らかに久美子と麗奈の関係性が始まりである1期8話の再演だ。しかし、同じシチュエーションにありながらも、描かれているものは決定的に違っている。
 一年前は純白のワンピースを着ていた麗奈だが、今度は黒のドレスを身に纏っていた。未亡人かよ。
 実際、秀一とのデートがある事を知っている麗奈は、久美子は来ないのだと考えていた。自分が久美子の『特別』である時間は、もう終わったのだと。結局久美子は現れたわけだが、そこで麗奈はいつか来る関係の終わりを話す。この時、久美子が持っていたりんご飴ではなく、麗奈に渡されたみかん飴をふたりで齧るのが何とも示唆的だ。一年前共犯関係を結んだふたりは、もはや罪の果実を分け合わないのである。
 音楽を求道した果てにある将来の夢を語る麗奈は、久美子のリクエストに応えトランペットを吹く。一年前のデュオから、ソロへの変化だ。
 こういった関係性の変遷が、北宇治吹奏楽部全体の問題へと波及しているように思えるのは、飛躍が過ぎるのかもしれない。しかしながら、人間関係の調律に奔走した結果、一年前の張り詰めたような緊張感が失われ、全体の実力を底上げするに至らなかった末のダメ金であるように、私には感じられた。
 ともかく、久美子と麗奈の意識に、深刻な乖離が起こっているように思えてならない、
『誓いのフィナーレ』というのは、ひとつの関係性の終わりを指していたのではないかという、ただの邪推でした。



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