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アニメを中心に、漫画や映画、小説など創作物の感想を載せるブログです。

シャニマス

アイドルマスターシャイニーカラーズ『階段の先の君へ』感想 いつか、この想いを

いつもどおりの道を
そう いつもと同じ風
違うな
今ならわかるだろ



 ひたすらに情緒に訴えるような作劇に、言葉を連ねることの野暮を感じつつも、アウトプットをしないと貴重な財産である感受性が摩耗するばかりなので、平にご容赦を。
 アイドルユニット『放課後クライマックスガールズ』のメンバーが一人、西城樹里。
 プロデューサーにスカウトされ、アイドル事務所283プロに所属することになった彼女は、親元を離れ事務所の寮で暮らすことになる。
 日暮里の下町がモデルと思しき商店街は、樹里と、同じく寮住まいの凛世が事務所を通う際の通り道であり、いつしか彼女らと商店街の住民は顔な
 情景描写に定評のあるコンテンツではあるが、キコキコと鳴る自転車の車輪だけをBGMに、ただ背景美術を順繰りに流していく演出でこうも得も言われぬ感情を呼び起こせるのは、さすがのセンスを言わざるを得ない。
 慣れない道、知らない顔、初めての世界でも、毎日の往復で、それはやがて『日常』になる。
 しかし、ゆっくりと続いていくかのような毎日でも、それは決して永遠ではないのだ。
 風化し、淘汰され、変わってしまう日常の風景を前に、立ちすくす樹里の視界を、否応無しに追体験させられる。

 さて、今回の『階段の先の君へ』というイベントタイトル。
 階段の「上」でもなく、「下」でもなく、「先」であることから、このタイトルが二重三重の意味を含んでいると読み取ることができる。
 逆らえない時の流れに対して、一歩ずつ進むしかない樹里の焦燥と展望、それを暗喩するモチーフとして描かれる『階段』。
 階段は、登ることも、降りることもできる。そして、どちらが『先』なのかは、直感的には前者と言いたくなってしまう面はあれど、決して明確な定義ではないのだ。
 だからこそ、階段の途中で迷う樹里の姿が迫真性を帯びる。決まった
 今回樹里と対比して描かれる、商店街の会長。「いい年」となった彼は、店を閉めるかどうかで迷っていた、言わば降りる途上だったのである。
 一方で、彼と出会った当初の樹里もまた、匂わせられてきた過去の描写から、一度階段を降りた人間である、と言うことができる。
 余談だけど、一度ドロップアウトした人間が新たな生き方を見つける青春物語として、相田裕『1518!』という漫画作品があるのでよろしくな!

 話を戻して、漠然とした感傷を抱えたまま、誘われてアイドルになったのが樹里である。
 そんな事情など知る由もない会長は、若い身空での世界に飛び込んだ彼女を「偉大な一歩を踏み出した人」と勘違いする。
 実態とかけ離れた勝手なイメージを持たれ、そのギャップに思い悩む樹里。
 しかし、そもそも『自分に都合の良い偶像』を見出されるのは、ある意味ではアイドルの本質である。
 樹里当人の意志はどうあれ、彼女との出会いが迷える会長に一筋の光をもたらしたのは動かせない事実であり、「幸福な勘違いの双方向性」こそがアイドルとファンとの間に在るべき関係性である、という持論を持つ私にとってはストンと胸に落ちる描写であった。
 あの瞬間、『芸能人の卵』でしかなかった西城樹里は、しかし、会長との関係性において、確かに『アイドル』だったのだ。

 商店街という、昭和の遺物と切り捨ててしまいそうになるもの。
 それはゆっくりと、しかし確実に、時代の流れに沿って廃れていく。
 だが同時に、そこに住まう人と、そこを通る人との交流が、今も息づいている事も確かなのだ。
 失われてしまう場所。会えなくなってしまう人。
 階段を飛び越えて、世界を変えることなんてできない。
 じゃあアイドルである自分に、何ができるのか。
 途方もない問題を前に、今にも泣きそうな声で樹里が決意を語ろうとした、その時、懐かしくて切ない、あのメロディーが流れる。
 夕焼け小焼けで、日が暮れて。

 それを聴いて、笑い出す樹里が個人的ベストシーン。
 彼女は気付いたのだ。明日があることを。
 今、何かをやらなければいけないという衝動に押し潰されそうになったけれど、自分はまだ子供で、学生で、長い長い階段の途上であることを。
 青春を生きる一人の少女が抱いた、若さゆえの無力感と、表裏一体を為す万能感。
 日常の、なんでもないありふれた場面で、それをここまで見事に表現できるのには脱帽する他ありません。今年これ以上のシーンに出会えるかどうかも分からんぞ。マジで。

 
 答えを見つけられた樹里は、あらためてユニットのメンバーたちに決意を告げる。
 応援してくれる人が、どこに居ても自分を見つけられるような、そんなアイドルになることを。自らが登る階段の先、アイドルとしての目標を、やっと見つけられたのだ。
 背景美術をバックに、ひたすらに掛け声をしながら走り込みをする放課後クライマックスガールズ。
 いつもと同じ道、いつもと同じ自主練。
 それでも、それだけのシーンにどうしようもなく心を動かされるのは、樹里の心持ちがいつもとは違うことを知っているからだ。
 確かな目標を目指して、一歩ずつ積み重ねること。樹里にできることは、そんな些細なことだけで、だけどそれこそが人の心を動かしていく。

 商店街会長が抱いた、樹里への勝手なイメージ。
 彼にとっての『階段の先の君へ』、遅れながら樹里も近づいていく。
 そして、樹里にとっての『階段の先の君』もまた、彼女の思惑を飛び越えて新たしい世界に飛び込んでいく。
 階段を降りたかといって、そこですべてが終わるわけではない。
 降りたらまた登ることだってできる。新しい何かを、始められるのだ。
 慣れない手付きで、遅れながらも会長は時代に追いつこうとする。
 幸福な勘違いの双方向性、それこそがアイドルとファンの在るべき姿! 
 互いが互いに見出した偶像、それこそが『階段の先の君』の正体なのだと、私は思う。 

 迷いながら向かう先が階段の上であれ下であれ、踏み出した一歩一歩は紛れもなくその人を形作る軌跡なのだ。
 長くて短い人生の中で、いつか色褪せていく時間。
 忘れてしまう、忘れたくない、忘れないように。
 過ぎ去った時を、いつか思い出として愛おしめるように。
 その一瞬を写真に閉じ込める。
 放課後のチャイムが鳴ったら、また明日。
 いつかを願って、階段の先の君へ、彼女はずっと歩み続ける。

 昨年のイルミネーションスターズ『Star n dew by me』コミュが鋭利なナイフで刺殺された感覚だとすると、放課後クライマックスガールズ『階段の先の君へ』コミュは真綿で首を絞め殺された感覚で、どちらも甲乙付け難い傑作だったと思います。
 ぶっちゃけ、いつサービスが終わってもおかしくないゲームだと思っているけれど、願わくば各ユニットでこのレベルのシナリオが読めますよう。


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アニバタ Vol.6アニバタ Vol.9に寄稿しました。よろしくです。


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