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映画

2023年劇場鑑賞映画ベスト10

 これだけはなんとか毎年続けてるの、偉くないですか?


 今年はついにTVアニメもまともに追えなくなって、ついに最後の砦となった感のある映画鑑賞という趣味。
 これすらもアウトプット出来なくなったら完全に終わりだなと思いつつ、今年の出会いを振り返ってみました。
 これ当たり前なんだけど、TwitterやFilmarksである程度まとまった感想書いた後にあらためて何か書くのめちゃくちゃ難易度高いな。
 

第10位 イコライザー THE FINAL

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 「ランキングにアクション映画を一本入れたいな」と振り返るに当たり、『ジョン・ウィック』『ミッション・インポッシブル』といった大作アクションのインフレそのものを取り込んだ構造の作品が脳裏に浮かびつつ、それらとは別の方向に進み、過剰さを省いて様式美だけを研ぎ澄ませた本作の洗練された美しさこそ記録に残すべきじゃないかと考えた次第。まあでも、今年一番度肝を抜かれたアクション(もはやアトラクション)が観られたのはガルパンなわけですが。
 安住の地を見つけたマッコールさんの住民との暖かな交流、穏やかな日々。それを脅かすギャングが現れれば、次に起こることは一つしかない。原因と結果が密接に結びつくほど、ジャンル映画として完成された構図。執行人という役柄を神の如くシステマチックに純化させたマッコールさんという魅力的な主人公。
 勝負にすらならず、稲妻のように処理されていく悪党ども。這いずる死に体をゆっくりと付いて回り、事切れる様を見届ける死神のような姿。”因果応報”や”勧善懲悪”といった概念がそのまま一本の映画になった、見事な幕引きでした。


第9位 ベネデッタ

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 神懸りか狂人か。自作自演の疑惑をかけられながら、聖女として成り上がっていく修道女の姿は、ある種のピカレスクとしての風格さえ漂わせている。しかし誰もが敬虔な信徒の顔で誘惑に負け嘘を吐く様が、善悪の境界を曖昧にしていく。
 虚言か誇大妄想か、はたまた本当に神の奇跡か。誰にも計り知れないベネデッタの、(本来の意味の)確信犯的な振舞いが、神の意志を騙り、信仰を政治に利用しているのは誰だ?という教会の欺瞞を間接的に暴き立てていくような作劇が圧巻。迷信に人身売買と、どこまでも政治的に運営される宗教組織の矛盾が、ある種のファルスのように滑稽な人間の営みとして描かれていく。
 あけすけなエロスと暴力が、神聖な教会を舞台にしながらも決して拭い去れない人間社会の俗悪を表現しているようで、人間に対する冷徹な眼差しが露悪にならない絶妙なバランス感覚はさすがのバーホーベン、といった所。


第8位 イノセンツ

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 超能力を得た子どもたちが、取り返しの付かない暴力と痛みを通じて、他者への想像力を獲得していく苦み走ったジュブナイル。ザラザラとした手触りは、振り返ってみても唯一無二だと思う。
 毎日外で遊ぶような、同年代の子供達。けれど彼らに互いの家庭環境など知るよしもなくて、それぞれ別の形で歪んだ未発達の情緒が、冷や水のように不意に断絶を産み、幼さ故の衝動的な暴力性が発揮される。それを最悪の形で表現するための超能力という意匠の描写がまた秀逸で、派手なエフェクトなど何もなく、ただ不条理な結果のみが画面として提示される。 
 自身の痛みや恐怖を知って初めて向き合う自分の罪と、半ば自傷として行われるどうしようもない衝動に基づいた他害行為。明暗の分かれた少年少女たちが対岸に立ち、繰り広げられる、大人には見えない静かな決闘というクライマックスに至るまで、不可視の空白に対する想像力が、観客にも要求される演出・作劇となっており、それが物語のテーマと密接に結びついている点でも、非常に完成度の高いウェルメイドな一品であったと思う。


第7位 FALL/フォール

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 純粋なエンタメ強度では今年随一だったのが本作。スリルを求めてルールを犯す”バカな連中”故の自業自得さ加減をを嘲笑いつつも、引きずっている過去を清算するためという切実な動機が、塔のてっぺんという圧倒的な解放感に説得力を持たせており、恐怖だけではない何かがそこにあるのだと、彼らを生きた人間足らしめる構成がまず上手い。
 それも、高所の恐怖と絶景の美しさ、それと対比した人間という存在のちっぽけさを画面に落し込めばこその作劇で、B級のチープさはいつの間にか消し飛び、のめり込んでいる自分がいた。
 降りられない、食糧もない、助けも呼べないという絶体絶命な状況を、散りばめられた伏線を回収しつつあらゆる手を尽くして打開しようするからシチュエーションが変わらずとも飽きないし、その過程で主人公が自殺願望を跳ね除けて人間の根源的な生への執着を取り戻していく様は思い返すだに圧巻で、過去との決別から愛の話にまで発展する壮大な人間讃歌にまで発展するという、凄まじい化けっぷりであった。


第6位 鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎

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 絶賛口コミ大ヒット中のこの作品、陰惨な物語と魅力的なキャラクターの相乗効果が色々噛み合った結果と思うが、現代日本に通ずるメッセージ性の強固さとモチーフや時代背景を反映した芝居等の繊細なディテールが、ちゃんと本作を名作足らしめているように思う。
 ”因習村”というミームは実際のところ隠れ蓑でしかなく、一見すると未開の田舎であるように思える今作の舞台『哭倉村』は、実は戦前から続く”大日本帝国”の繁栄を影から支えるフィクサー・龍賀時貞によるシステム化された悪徳ビジネス組織であったことが発覚する。
 家父長制によって支配される日本という国そのものの写し鏡である舞台が、片田舎の因習としてカジュアルに消費されてしまう。この構造自体が図らずも示唆的であり、この作品において非常に重要な”見る/見ない”というテーゼが視聴者にも問われる形になっているわけだ。
 ここで活きてくるのが主人公の一人・水木のキャラ造形の巧みさ。戦争帰りの経験から野心を滾らせる銀行員である彼は、他者を利用して自分がのし上がってやるとゼロサムな競争社会を内面化していたが、時弥や沙代、そして”ゲゲ郎”と運命の出会いを果たすことで、憑き物を落とすかのように「つまんねえな!」と家父長制の権化を両断するに至る。ここまでの流れが、”妖怪が見えるようになる””沙代から目を逸してしまう”等『見る』という行為を軸に丁寧に構成されればこそ、限られた尺の中でのゲゲ郎とのバディ感に説得力が生まれる。
 人間の愚かさと醜さを嫌というほど見せられてもなお「お主が生きる未来、この目で”見”てみとうなった!」とゲゲ郎が未来に希望を託し文字通り目玉だけになる帰結まで含め、一貫した構成美を感じた。
 マイノリティや子供といった弱者が搾取され、生き血を啜った権力者が肥え太る。地下深くで赤黒く咲き誇る”桜”というモチーフが象徴する美しい国ニッポンの宿業は、過ぎ去った時代だけの話ではない、現代も変わらず存在することを見据えるために、鬼太郎が生きる現代パートが存在する構成の淀みなさ。あの頃夢見た未来にたどり着けなかったことに対する深い後悔を目玉のおやじは語り、希望を司る鬼太郎は犠牲となった時弥くんの事を忘れないと誓う。
 過去の過ちから目を逸らさず、語り継いでいくこと。それが如何に難しいか、日々のニュースで実感する今を生きるからこそ、フィクションが迷いなくそういうテーマを語ってくれることが何よりも心強い。
 

第5位 雄獅少年/ライオン少年

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 中国獅子舞という民俗芸能を題材に描かれる、チャウ・シンチーを彷彿とさせる負け犬が成り上がるスポ根活劇……と見せかけて、田舎から都会に舞台を移す後半で急に資本主義社会が具現化したような魔都の姿が表れるので度肝を抜かれる。
 貧しくても充実していた少年の黄金時代が、容赦のない搾取構造に取り込まれることで打ち砕かれる幻想に変わる。夢や憧れではどうしようもない格差を前に、それでも魂が死んでいないことを示すビルの屋上で舞う主人公の姿に、どうしようもなく鼓舞される自分がいる。それ自体が、獅子舞という文化が今もなお人々を熱狂させる理由そのものであり、貧すれば鈍する一方の人の生活・営みの中で、だからこそ失ってはいけない芸事の価値を証明するものであったように思う。
 主人公が無謀にも目指した頂きは、社会で生きるにはなんの役にも立つものでも、事態を好転させるものでもない。それでも、それを見守る観客が、先程まで争っていた他のチームまでもが、それぞれの叶わなかった夢、変えられない現実を仮託するように一匹の獅子を応援し、ひとつの大きな鼓動を産むのは、物質的な価値では計り知れないプリミティヴな衝動が”生きるため”に必要なことだからである。
 身体が届かなくても、頂きにはためく獅子という魂の形。物語を象徴するカットでギターリフが掛かりエンドロールへとなだれ込むラストのキレは今年最強にカッコ良かった。


第4位 あしたの少女

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 韓国の社会問題である教育実習の実態を、ひとりの少女が如何にして尊厳を破壊され、人格を歪められ、自死を選ぶに至ったのかを通して描く。その過程が丹念に描かれる前段では、ただただ若者を搾取する企業の悪辣さという、ミクロな問題のように思える。
 しかし、少女の死を追う刑事の視点に移る後半の展開で、企業と癒着する学校、その背景にある逼迫した運営状況、国が提示する数値しか見てない補助金制度と、新自由主義で歪みきった社会の一面がマトリョーシカのように次々と表れ、一体何処に責任の所在を求めればいいんだと、ペ・ドゥナと共に途方に暮れるしかない。個の力ではどうしようもない、しかし現代社会では(もちろん日本も例外では全くない)ありふれている地獄の姿が露になり、それを見て見ぬふりをしている我々社会の構成員一人ひとりに罪悪感の棘を刺してくる。牽強付会ではあるが、だからこそこの作品は実際に韓国社会を動かすほどのパワーを発揮するに至ったのだろう。
 間違いなく醜い社会を告発するための映画ではあるのだけど、夢も挫折も正義も怒りもあった、どこにでもいる少女の命が確かに失われたのだという事実を、物語の中心にしっかりと据えた誠実さが光る。親も知らない、誰にも見てないところで、彼女が確かに”生きていた”ことを示すカットで終わるのが見事だ。
 現代の社会問題を直接扱う作品は、何とは言わんが今年の邦画でも観たけれども、残念ながらこの映画の水準には遠く及ばない出来で、それは日本社会全体に蔓延る無知・無関心さが反映されているように思えてならない。せめてクリエイターは”わかってる”側であってほしい。来年の『ラストマイル』にはマジで期待してます。


第3位 フェイブルマンズ

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 ”映画”の映画は、今年で言えば『エンパイア・オブ・ライト』等(あれも良かった)、近年色々出ているけども、少年時代のスピルバーグを描いた自伝作品でもある本作は、”創造”と表裏一体の”破壊”の側面にこそ魅入られた映画人の業に焦点を当てているという点で一線を画している。
 幼い頃に初めて観た白黒映画の、汽車が倒壊するシーンにどうしようもなく魅せられた少年が、カメラを持ち後の映画監督となる。しかし彼によって齎される映画のマジックは必ずしもポジティブなものではない。役への没入が我を忘れさせ、曖昧な感情を恋であると確信させ、画面に映る完璧なヒーローに自分の矮小さを突き付けられる。現実を拡張し、あるいは侵食するかのようなその魔力は、自我や人間関係を破綻させるという形である種の”破壊行為”だ。
 自分の撮ったフィルムによって家庭が崩壊してもなお、少年は映画監督を目指す。善悪の境界を超越した映画人のルーツを、それでも抑えきれない高揚と小憎たらしい茶目っ気を含ませたラストカットで締める、異質な映画体験に圧倒されてしまった。
 久しぶりに巨匠の巨匠たる所以を目の当たりにした気分だが、「作者と作品は別」とお決まりの文句を自分に言い聞かせつつ、スピルバーグのパレスチナ(あるいはイスラエル)に対する態度には全力で中指を立てていきたい所存。


第2位 窓ぎわのトットちゃん

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 予告からは想像だにできなかった、今年最大のダークホース。
 好奇心に溢れたトットちゃんの目から見る世界を表現する彩り豊かな背景美術やアーティスティックなアニメーション。落ち着きのない子供の躍動を時にスリリングに、時に生理的な汚さまで厭わないリアルさで描く端正な芝居作画の数々。派手さはないが堅実に積み上げられた職人業によって練り上げられた画面が、かつてそこにあった日々を色濃く映し出していく。老舗シンエイ動画の底力を観た気分で、毎年クレヨンしんちゃんの映画を観てる身で言ってはなんだが、ここまでの映像を作り出せるとは思っていなかった。ごめんなさい、舐めてました。
 黒柳徹子の幼少期を描く自伝、そこで描かれたのは子供たちの自由を尊重する教育のあり方、それらを容赦なく奪っていく戦争という人類の業であった。
 トットちゃんが通うトモエ学園。その校長である小林先生は言う。
「みんな一緒にやるんだ」
 しかしその言葉を聴いた生徒たちはみんな一斉に違う教科に取り組む。「あれ?」となる見事なフックで、要するに各々がやりたいことを自由にやるという意味なのだ。これは明らかに、画用紙に日の丸を描き、規律を乱すことを許さない軍国教育の「みんな一緒に」というファシズムへのカウンターであり、”自由”と”同一化”の綱引きがあらゆるレイヤーで描かれ、散発的なエピソード群で構成された本作に一本の芯を通している。
 小児麻痺を持つ泰明ちゃんとの交流が象徴的で、自分も周りも遠慮する彼をトットちゃんはお構いなしに同じ土俵に引っ張りだそうとする。彼女は彼と同じ地平に立つことを諦めず、誰よりも対等に接することで、泰明ちゃんを”普通の子供”に変えた。『前倣え』ではなく『横並び』で、それは共感と連帯によって実現されるものであることが、他所の学校の子供たちを替え歌で言い返すエピソードに現れているし、それが小林先生の教育理念が実を結んだ証左であることを、震える肩で上品に示すのも見事。
 しかし、徐々に近づいてくる戦争の足音が、優しく穏やかな日常を蝕んでいく。あくまでトットちゃんの目線で、色褪せていく世界の様相が淡々と、段階を踏んで描かれていく。変わっていくのは目に見えるものだけではない。人々の価値観もまた、ファシズムを内面化し国家への忍耐と奉仕を強いる。それは情操教育に成功したはずのトモエ学園の生徒もまた例外ではないことを、昼食時の言動や描かれた絵が雄弁に語っていくので容赦がない。
 戦争国家でいの一番に犠牲になるのは”弱者”であることを示すかのように、呆気なく告げられる泰明ちゃんの死。別れを告げるトットちゃんが、声を上げながら走るその道程で、賛美歌と共に描かれる戦争の縮図が圧巻であり、失われた”自由”の重さが容赦なく彼女にのしかかる。今年屈指の名シーンである。
 それでもなお、燃え盛る学園よりも強い炎をその目に宿した小林先生の狂気じみた信念、疎開先へ向かう汽車でトットちゃんの耳に届いたちんどん屋さんの音、そして友達のために音楽の力で失われた魔法のひと時を一瞬だけ取り戻した泰明ちゃんの優しさ。戦争が全てを焼き尽くそうとしても、決して奪えなかったものが、この映画が示した一欠片の希望であると然と受け止めました。色んな人に末永く愛されてほしい、そんな傑作ジャパニメーションだと思います。


第1位 対峙

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 ”対話”そのものを描いた映画として、これ以上のものを観たことがないと思う。
 アメリカの高校で起こった銃乱射事件。犯人の少年も自死し、当事者がいない中で行われる、被害者遺族と加害者遺族の会合。こんな、どう考えたって拗れるしかない場だからこそ、『相互理解』でも、ましてや『論破』などでは決してない、人と人とが話し合うこと、その意義が、張り裂けるような痛みと忘れ難い愛の記憶を以って描かれる。
 本編のほとんどは教会の一室、テーブルを挟んだ両夫婦の構図で展開する。狭い空間だからこそ活きる、僅かな移動、越境、視線の動きが無軌道な話し合いをスリリングに彩る。
 凍てついた空気を取り繕う上っ面の会話、浅はかな善意が逆撫でする神経、相手どころか隣のパートナーでさえギョッとさせるような感情の発露。あちこちへ飛ぶダイアローグが、事件に対する癒えない傷と消えない混乱を克明に映し出す。
 罪悪感も同情心も、0か1ではない、嘘偽りなく混じり合った人間のカオスで、だからこそ互いに確かにあった愛の記憶、その一点が依然として消えない両者の断絶を超える、誰に対しての、何のための『赦し』なのかを完璧に表現したセンス・オブ・ワンダー。
 一応の決着と共に、対話の部屋を出て、別れを告げたその後の、思いもよらない瞬間。そういう想像を超えた奇跡のような場面が観たいがために映画館に通ってるのだなと、今年の映画を振り返った時にそう思えたので、この作品を本年のベストとします。





 次点としては『イニシェリン島の精霊』『北極百貨店のコンシェルジュさん』『グリッドマンユニバース』、新作じゃないけど『エドワード・ヤンの恋愛時代 4K』、ネトフリだけど『ニモーナ』等などがありました。評判が良くて気になっていた『aftersun/アフターサン』が観られなかったことと、『レッド・ロケット』が良かったと思うのに感想がまとまるに至らなかったのが心残り。
 『ゴジラ -1.0』然り、今年の邦画は戦前・戦後の総括みたいな作品が多かった印象で、ベストにも挙げた2作は特に素晴らしく、一方で現代社会問題を扱った作品群のピントのズレっぷりが如何ともしがたいというギャップがあった。実写邦画自体があまり本数を観られなかったので、来年は少し意識したいところ。
 年々体力の低下に伴い映画館で寝てしまうことが心なしか増えてしまっていて、観たは観たけど表に出せていない作品もちょいちょいある体たらくなので、最低限運動をしていこうというのが来年の抱負です。元日は景気よく『サンクスギビング』を観に行く予定。
 ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。よいお年を。

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アニバタ Vol.6アニバタ Vol.9に寄稿しました。よろしくです。


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